夏のノスタルジーはまぼろしか今年の夏ほど海離れを実感した年はない
夏の風物詩であった海水浴場が閑散としてしまった光景を見るにつけ、日本人はもう濁った海で泳ごうとは思わないのかも

癒しのノスタルジアを育む夏の季節、その夏が今年もとうとう終わってしまいましたね、夏が終わるとなると、とてもわびしさが漂ってくるものなのです。
だがしかし今年の夏ほど夏を感じさせない夏を過ごしたことは初めてのことだった。
何故そう思うのかは、私の住まいは湘南茅ヶ崎ということで、サザンビーチの海水浴場まで徒歩8分ほどの海近なのです。
そんなことで、夏ともなると、浮き輪を持った水着のままの子供連れの家族や若者たちの集団が楽しそうに家の前の道路を通り過ぎることが定番となっていたのです。
この光景があることで、夏ともなると湘南茅ヶ崎の地は活気に満ちていたのです。
ところが、今年の夏はその光景が殆ど見受けられなかったのでした。
そう、日本人は海水浴をしなくなってしまったのです。
いや、海水浴どころか、海に対して興味が無くなってしまったようなのです。
ということで今回は、私のブログでも散々取り上げて来た日本人の海離れの実態に迫ると共に、いつも通りの雑学タッチとオチャラケを交えて、日本人の海離れの実情を独自の視点で簡潔に述べてまいります。
海離れを現せた海水浴場の減少
私はスローライフやデュラルライフのライフスタイルを中心に海での生活をプロモートしてきた専門ライターなのです。
海をリポートする為に海近に住むことに拘り続け、デュラルライフの5年間の生活では、伊東のオレンジビーチという目の前が海という絶景のロケーションで二拠点生活を送っていたのです。
そんな海に拘る私でも、今の海への燦々たる有様を見ると、海への憧れはオワコンと化したことを認めざるを得ないほどなのです。
その海離れの現実を顕著に表しているのが、夏の風物詩であった海水浴場の減少なのです。
海水浴客数は、ピークであった1985年の3790万人から2024年は440万人と約88%も減少していて、今年はこの数字を更に下回ることは間違いのないことです。
一昔前の夏の茅ヶ崎は、男女共に真っ黒に日焼けをした人だらけ、その真っ黒顔が年々少なくなって、とうとう真っ白人間だらけとなってしまったのです。
昔の人は暑い夏は海に行くというのが定番だったのに、今の人は暑すぎて海なんか行きたくないという心情に変わってしまったのです。
子供に危険が及ぶ海水浴の現実
今の日本の夏は、異常な酷暑となってしまったことで、子供が屋外で遊ぶことを禁止しているくらいなのです。
それは子供の場合、体に熱がこもりやすく、体温調整が未発達なので熱中症にかかりやすいので、重症化する恐れがあるからです。
そうなると、海水浴場の場合は、太陽の熱射を直接受けた猛暑状態となるので、子供を海水浴場で遊ばせるのは危険とされてしまったのです。
何と言っても、今の子供たちには、わざわざ暑い屋外で遊ばなくとも、ゲームやスマホなどの室内で楽しめる様々なコンテンツがあることで特段困らないのです。
そして、前にもお話した通り、遠浅だった茅ヶ崎サザンビーチ周辺の海辺も、ここ数年で砂が一気に侵食されてしまい、水深が深い状態となり、子供が泳ぐには危険な海へと変貌してしまったのです。
今の海水浴場の多くは、遠浅だった浜辺が砂の侵食が進んでしまったことで、水深が急に深くなっている箇所が拡大してしまったのです。
加えて波の変化によって、離岸流が発生しやすくなっているので、子供の遊泳には危険が伴うようになってしまったのです。
濁った海は不潔に見える
今の子供は昔の子供と違って、海に対しての憧れを持ち合わせてはいないのです。
人間は子供であっても、冷めてくると、遊びのハードルも高くなるのです。
ハードルの高い遊びを求めると、日々の日常で接している遊びそのものが、当たり前の光景となってしまい、感動もしないので、幸せに気付くことも出来なくなるのです。
近所の主婦に海に子供を連れて行かない理由を尋ねたら。
「海水浴場って、よくよく考えてみたら、海の水はプールと違って汚く濁っているし、半分以上の人は海の中でオシッコしているそうで、不潔すぎるし、からだ中がベトベトになって気持ち悪いだけ」といい「何より、あの海水浴場の砂の熱さは足の裏が火傷してしまうし、熱射病の危険しかない。それを考えたら、子供を海水浴場で遊ばせようなどとは一切思わない」というのです。
海水浴場がデートやナンパスポットという癒しの場は、遠い昔の話で、今や海水浴場は若者たちからも見向きもされないのです。
日焼け自慢が仇となってハニワ状態
海離れに関しては、私のブログでも散々取り上げて来たことですが、そもそも私たち昭和生まれの人間からしたら、海水浴場の存在こそは、10代前後の思春期から30代の青年期に渡って爆発的な人気にあやかって来た年代なので、海水浴に行って日焼けをすることが自慢になっていたというわけです。
何より、海に行って日焼けすることが健康を保つとされてきたので、海水浴場は我慢比べの甲羅干し状態となっていたのです。
そんな状態だったことで、海水浴場が閑散とするなんて考えたこともなかったのです。
昔の日本人は、海に憧れを持ち、海で泳ぐことに幸せを感じてきたことで、海水浴こそはダントツの一番人気のレジャーだったのです。
しかしながら、この海水浴場の異常人気というのも、今にして思えば、海や海水浴への憧れというよりは惰性のままに動かされていたということかもと考えてしまうのです。
何と言っても昔は、家の中にはクーラーがないことで、暑さを凌ぐには、海で涼むことや、海の水に浸かることが一番の癒しと考えられていたからです。
そんなことで、どの海水浴場も芋を洗うような大混雑というのが、日本の夏の風物詩だったのです。
暑い夏を家で過ごすというコンテンツが何もなかったわけで、行くのは面倒だが、利用料が掛からない海水浴に引っ張られてしまったと思えるからです。
海の家は経営が成り立たない
ここまで海水浴場が不人気となれば海の家もなくなってしまうのは当然のことでしょう。
そんなことで、茅ヶ崎サザンビーチの海の家は撤退が続いて年々少なくなっているのです。
あの仮設小屋の海の家こそは、夏の懐かしさを醸し出す日本独自の海水浴場の風物詩なのです。
海の家の定番といえばラーメンやおでんが人気ですよね、これと言って工夫も無い海の家のラーメンやおでんがおいしく感じるのは、海の癒しのプラシーボ効果があるからです。
でも、今の子供たちにはあの味の懐かしさはないので、プラシーボ効果にはならないのです。
海の家は営業の期間が限られていて、天候にも左右される商売なので水物の商売の典型とされて来たのです。
何と言っても、海の家の営業は短期間が勝負なので、設備の建築から食品の仕入れを行い、シャワーやトイレを完備して集客に結び付けて行けねばならないのです。
しかもそれらを撤去して元の状態にするわけです。
海の家の経営は、ただでさえそれなのに、海水浴場の不人気によって、集客そのものがままならなくなり、完全な四面楚歌の状態に立たされてしまったのです。
そもそも、海の家の開業には、県の海洋開業マニュアルがあって、それぞれの海水浴場の取り決めのルールがあるのです。
その基準を満たす必要があるので、保健所への相談や消防法などの関係法令の遵守が求められてくるのです。
う~ん、何とかならないものか、日本の海水浴場から海の家が消えてしまったら、冬の海と同じで、砂浜がよけいに貧相に見えてしまいます。
最後はジイサンバアサンパワーだ
そんなことで海水浴の存在は、結局のところ日本人の飽きっぽさで忘れられてしまったというわけです。
何度もお話する通り、そもそも日本で海水浴が本格的に流行り出したのは戦後の昭和30年代からなので、その前は、海で水浴びをするのは上流階級だけのこと、日本人が海で泳ぐ習慣は無かったのです。
日本は海に囲まれた島国なので、江戸時代から海水浴は盛んに行われていたのかと思いきやそうじゃなかったのでした。
江戸時代は幕府が鎖国令を出していたことで、海で遊ぶなんて許すわけはないですよね。
子供の頃は海水浴が日本の伝統と思っていたが、海水浴は戦後生まれのただの新参者だったのです。
であれば、海でのアバンチュールを知り尽くすナンパ大好きだった団塊生まれのジイサンバアサンが海水浴の良さを引き継いで行かないとダメじゃないの!
最後の御奉仕、もうあんな下らない新聞なんか読むのはヤメテ「あの頃は良かった」と、いつものジイサンバアサンパワーの勢いで海離れをくい止めてみろよ!!
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。





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