日本の火葬場を牛耳った中国人、あの世に行くのも中国人頼みなのか
中国人に乗っ取られようとする死のビジネス、宗教観の違う外国人が死の儀式を司るという現実。
多死社会ビジネスの実態を知っておこう

人の死というものはタブーとされがちですが、人の死はビジネスになることも知っておかねばなりません。
そう、そこにはしっかりとお金が絡むビジネスが成り立っているからです。
現代人の場合、死んだら葬儀もやらなくてはならない、死体を焼いてもらわないとならない、お墓に骨壺を納めてもらわねばならないので、残念なことに死んでもそれ相応のお金が掛かってしまうのです。
ということで今回は、日本の土地の買い漁りどころか、日本人の死の価値観も狂わせかねない葬儀場の買い占めに迫り、多死社会に突入してしまった日本の現状、そしてそれに群がる中国人の多死社会ビジネスの実態をいつも通りの雑学タッチとオチャラケを交えて、その実態を簡単判りやすく解説してまいります。
崇高な死の儀式は中国人のビジネスとなる
読売新聞によると火葬場を運営する政令市の4割で、2040年までに受入れが逼迫する恐れがあると報道していたのです。
東京都でも、40年頃に火葬能力が不足する恐れがある。民間の火葬場による寡占状態にある23区では火葬料が高騰しており、都と区が対応策を協議しているというのです。
未曽有の高齢化に突入した日本は早くも2022年から多死社会に突入してしまったと言われているのです。
人の死には特別な儀式の必要性という宗教観が絡むことで、葬儀代や火葬場での諸々の費用が高くとも、亡くなった人の冥福を祈り、故人の徳をしのぶためのものなので、深くは考えないようにするのが習わしとなって来たのです。
また、故人を偲んで明るくお見送りをしましょう、というのが本筋なのです。
ところが、ここに宗教観の違う外国資本が入り込んできたとしたらどうでしょうか。
そう、この死のビジネスにもゼニ儲け一心の中国人が入り込んでいるのです。
火葬場に意を挟む余地もない現実
多死社会とは、高齢化社会の加速の後に死亡者が増加してしまい、やがて人口の減少が巻き起こることを言います。
何と言っても、自分が何れ死ぬことを判っている動物は人間だけなのです。
だから人間というものは死を必要以上に恐れると同時に神秘で崇高なものに置き換えようとするのです。
こうして死を必要以上に神秘で崇高なものにするあまり、その現実を脳裏に引き寄せないようにしているのです。
多死社会ビジネスとはそうした人間の精神心理を巧みに操る商売でもあるのです。
こうして多死社会ビジネスは業者の思惑だけで突き進むことが出来、私たち市民は意を挟む余地もなくなってくるのです。
しかし、今迄はビジネスの部分をベールに包ませて神秘で崇高なものに演出することで、カムフラージュしてきたのです。
東京の6か所の大規模火葬場が中国資本
人の死にまつわる葬儀や墓の問題は、それぞれの国の宗教観と伝統、そして文化が色濃く反映されたものなので、儀式的な要素も含まれるものなのです。
そうしたことで、日本の場合は、火葬の習慣が根付いてきたことで、人が死ぬと葬儀を行い、火葬場で焼却し骨壺にして墓に納めるというのが定番のセオリーとなるわけなのです。
この儀式を滞りなく進める為には、火葬場で亡骸を焼却して骨の状態にしなければならないわけですが、その大事なプロセスの儀式である火葬の段階が中国資本に牛耳られてしまったのでした。
そもそも、火葬場というものは、宗教観と伝統に付随するものなので、公営が主体となって運営を行っているものなのです。
ところが東京都の場合は、火葬場の数が9か所存在するのですが、その内の7か所を民間企業が運営をしているのでした。
その7か所の内の6か所が、なんと中国資本に乗っ取られてしまったというのです。
その6か所の運営を行っているのは、葬儀関連の大手企業である東京博善という企業なのですが、この東京博善の株は中国人によって買い占められ、今や完全な中国系資本の会社となってしまったのです。
そうした中で、火葬場も多死社会ビジネスの様相を呈してしまい、とうとう中国資本まで参入する事態となってしまったのです。
これによって、日本人の習慣である火葬自体が外国人によってビジネス化されてしまうのではとの懸念や危機感が渦巻いているのです。
この懸念は現実化となり、火葬代の値上げや国の伝統ある習慣を破る葬儀事業が展開されることになってしまったのです。
火葬ビジネスは中国人の格好のターゲット
今の高齢者のささやかな夢はのんびりと老後を優雅に過ごすこと、ところが、高齢者に待ち受けていたのは難題だらけ、年金の問題から始まり、健康寿命の劣化と医療の問題、介護の問題、そしてまさかの多死社会ビジネスによる中国資本の参入によって死後の問題までも敵国である中国が絡んでくるのです。
これらはすべて金絡みの話となるので、社会保障だけでは生きてはいけない現実を突きつけられるのです。
これでお判りの通り、財政だけをとっても大変な逼迫感を生み出してしまうのです。
それよりなにより、まさか死んでからも中国にお金を払って自分の亡骸を燃やしてくれるようにお願いするなんて思いもしないことです。
もはや、火葬場はどこも順番待ちとなり、死体安置所のビジネスが花盛りとなっているのでした。こうして私たちが住む街中にも死体安置所が密かに作られているのです。
それは日本の高齢化による多死社会ビジネスの繁栄をいち早く捉え、絶対に儲かるビジネスとして中国資本が火葬場の経営に乗り出したからです。
日本国内に中国の魔の手が伸びている
宮城や大分でイスラム教徒の土葬墓地を設立する計画をしていることが発覚して、大問題となったのですが、かたや中国人が冠婚葬祭の事業に参入をしていることで、中国人専門の墓地を作る計画が合法的に進んでしまっている状況なのです。
人がやりたがらない盲点を突いたビジネスへの参入、解体業からヤードに続き今度は火葬場の経営、火葬場は日本国民にとって最も重要な必要不可欠な施設なのです。
これは、火葬場会社の株を買い取り、中国資本が筆頭株主となってしまったことで、火葬場の経営権を得たというものなのです。
こうした公共性の高い施設を外国人が牛耳ってしまうという摩訶不思議な実態。
外国人の運営では公害などが発生しても何もいえなくなってしまうのです。
多死社会ビジネスにも参入した外国資本、これも日本人の盲点を突いたビジネスです。
しかしいくらなんでも火葬場の経営が外国資本では困るのです。
これも間違いなく政府の怠慢であり、左翼野党の誘導ありきの話なのです。
国や自治体は中国と聞くと及び腰となり、放置した状態となっていたので、こんな所にも中国の魔の手が入り込んでしまったのです。
葬儀場は日本人にとって重要な社会インフラの一つ、外国資本の参入は即刻禁止すべきなのです。
まだ間に合う、一刻も早く、国としての葬儀の安全保障の法整備を整えなければならないのです。
今や高齢者の数は年々増加するばかり、いざという時に火葬場の空きがない、或いは火葬料金の高騰などで、親や家族が亡くなってもご遺体を家に放置したことで、犯罪となってしまうケースも増え続けているのです。
考えたくないが、火葬場はいつか直面することなので、外国資本に任せるなど言語道断のこと、国が責任を以て火葬場の財政を支えて行かねばならないことです。
ここは日本、外国資本の火葬場経営なんてやめて頂きたいものです。
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。





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