田舎っぺに東京のハイセンスを教わった東京の田舎っぺ
ここからは田舎っぺの恐ろしいパワーによって、都会人が東京生まれの田舎っぺと成り果てた経緯を簡単に述べてまいります。
田舎っぺをバカにしていた私たち都会人、そんな私たちは、田舎っぺのパワーに圧倒されてしまい、遥かに差をつけられて都会育ちの田舎っぺと成り果てるのでした。
世の風潮からすると、都会の人間はやたらに田舎もんをバカにすると思われがちなのです。
確かに都会人の多くは田舎の人を見て最初はバカにしていました、あの言葉を聞けばお前は宇宙人か江戸時代の人間かと思ったくらいです。
でも、そんなのは強がりだけの表向きのカムフラージュみたいなもの、実際は田舎の人間に憧れを抱いていたのです。
その模様は前に述べた通りです。
常識の壁を次々と破る勇気と行動力
何と言っても、彼らはフリーダムなので、怖いもの知らずで常識の壁を次々と破って行くのです。
常識の壁を破るという行為は下手すると嫌悪感を呼び起こすので勇気がいるのです。
だが彼らは、都会人からすると、そんなことをやったら恥ずかしいということも難なく出来てしまうのです。
あんなフリーダムな人間に軟な都会人は勝てっこないのです。
何度も言うが、結局、これこそは都会の魔力なのです。
環境の変化プラス、都会の可能性であるポシビリティーが人を開放的なフリーダムにさせ、内に秘めた潜在の力を呼び起こしているのです。
私の著書でもお話ししているのですが、私の場合、学校で知り合った地方出身の彼らを渋谷や新宿の飲み屋に連れ出して悦に入っていたのです。
私が知る店は安酒のみの大衆酒場ばかり。
ところが、その2年後は、彼らが私を3ランク上の六本木や青山のハイソなお店に連れて行ってくれたのでした。
その時の彼らは、もはや田舎人間の姿かたちもないほどにハイセンスに満ちたファッションセンスで身を包んでいたのです。
こうして私は東京生まれの田舎っぺと成り果て、地方出身の彼らから様々なカルチャーを学ぶことになったのです。
何と言っても、東京生まれの私たちの場合、六本木や青山のお店は敷居が高すぎて、まったくもって近寄らなかったのです。
ところが、彼らのエスコートによって、その後の私は六本木や青山のハイソなお店に繰り出すことが出来たのでした。
私は社会人になってようやく彼らの力の源泉が見えてきたことで、遅まきながらその知恵と行動力を真似たのです。
ということで、私の場合は、彼らと知り合ったことで、変身の術のご相伴にあずかれたといわけです。
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