中南米諸国の発展の遅れはスペインの滅亡政策の仕業
コルテスとピサロによって帝国の滅亡というトンデモの蛮行をやらかしたスペインは世界一冷酷な国だった

本ブログでは、中南米諸国の右派ラッシュによってペルーのフジモリ大統領の誕生などの模様をお伝えしてまいりましたが、中南米諸国の場合、国家の運営が不安定な状況が長らく続いていたことで、今迄大きな発展には恵まれなかったのです。
未だに続く南米の発展の遅れと民度の低さは一体どうしたことなのかという謎、それはすべてスペインとポルトガルのせいと言ってもいいかも知れません。
中南米は、スペインとポルトガルという場末の国家に征服されたことで、北米と比べて大きく後れを取ったことは否めないのです。
そう、中南米の発展と繁栄が遅れた理由は、スペインによる問答無用の植民地化が原因と考えられるのです。
ということで今回は、サッカーのワールドカップで優勝を果たしたスペインに対してケチをつけるつもりはないのですが、中南米で日本など比ではないほどの蛮行をやらかしてきたスペインという国を取り上げ、いつも通りの雑学タッチとオチャラケを交えて、簡単判りやすくその実情を記してまいります。
スペインとポルトガルの支配は完全な失敗
大航海時代に棚ぼたとして発見されたアメリカ大陸でしたが、その発見に世界中がどよめきとともに歓喜に包まれたことで、その後の北米は大発展を遂げたのです。
しかし、南米は貧しいままということで、大きく明暗を分けることとなったのです。
中南米の国家は何故ここまで、発展が遅れてしまったのでしょうか。
それを簡単に言うと、南米はスペインとポルトガル両国が独占したことで、北米と違い、先進的な知識を持ったヨーロッパ勢力が流れてこなかったからです。
北米は自由主義が謳歌した入国自由な移民の地でしたが、かたや中南米は、スペインとポルトガルによる先住民の征服の地であるということです。
アメリカ大陸が発見されて、その後の19世紀から20世紀を見ると、北米のアメリカは一気に開発が進んだが、南米はほとんど開発が進まなかったのです。
18世紀後半になると、ヨーロッパの覇権は、スペインからイギリスへと代わり、スペインの国力は、政治の混乱とともに著しく衰退していき、もはや、広大な南米を支えきれなくなってしまったのです。
コンキスタドールによって発展が遅れた
スペインとポルトガルの間で結んだトルデシリャス条約によって、スペインはアステカやインカ、現在のメキシコなどにおける征服が認められ、ポルトガルは南アメリカのブラジル地域での征服が承認されたのです。
こうしたことで、両国はアメリカ大陸を制圧したコンキスタドール(征服者)と言う立場で植民地化を行い、大量のアフリカの奴隷を労働力として送り込んで、現地人を抹殺寸前まで迫害して行ったのです。
一方、北米のアメリカの場合は、イギリスの植民地として、イギリスの貧困層を中心とした大量移民によって自由を標榜する開拓の基礎が築かれたのです。
そして独立後は、フランス、オランダ、ドイツ、アイルランドなどヨーロッパ中から新天地に向かう移民が増え続けて急ピッチで開発が進んで行ったというわけです。
北米の場合は、征服者の立場ではないので、あくまで移民たちの開拓者魂によって築かれたというわけです。
反面、スペインとポルトガルの目的は侵略であり、自国の為の現地生産の供給、そして金銀などの財宝の略奪なので、最初から征服者と言う高圧威圧的な立場を振りかざしているのです。
彼らの脳裏にあるのは乗っ取りだけなので、現地人との融和などは皆無で、言うことを聴かなければ皆殺しと言う冷酷スタンスなわけです。
宣教師たちの布教はスパイ工作活動
ここでスペインが送り込んだ宣教師とは実際はスパイで秘密情報員でもあったわけで、現地人の懐柔には、布教活動を隠れ蓑としての役割が大きかったのです。
各地に送り込まれた宣教師の役目は、布教より現地の情報収集がメインで、その土地の人口構成や川の水位などを調べ上げ、地図の作製を行って本国に報告していたのです。
さらに、布教活動によってスペイン人が敵意の無い存在であることを印象づけて警戒心を和らげたのです。
ここでの宣教師とは、完全なスパイ活動を兼務していたというわけです。
そして、スペインはこの貴重な情報を基に、武力をもって現地住民を次々と制圧して行ったのです。
何と言っても、当時の世の中はだまし討ちの世界なのです。
実は、日本で活動した有名なフランシスコ・ザビエルという宣教師も同じことをやっているのです、ザビエルだけでなくルイス・フロイスなんかも、信長、秀吉、家康の性格から権力基盤などを情報収集してイエズス会本部に密かに報告しているのです。
さらに日本の各地を回って、日本人の文化と習慣から、藩の勢力図や港の水深なんかも調べ上げていたのです。
日本が侵略されなかったのは、戦に慣れた日本人の手強さを知ったからです。
ラス・カサスの報告で残虐行為が世界中に広まる
当時のスペイン人のコンキスタドールによって、現地インディオたちは、迫害と同時に、天然痘、梅毒、淋病、チフス、インフルエンザなどをスペイン人との接触によって、次々と感染していき、多くの部族が消滅するに至ったと言われているのです。
また、現地インディオに対する非人道的な残虐行為と迫害は、スペイン人のラス・カサスという修道士がスペイン国王に送った書簡で激しく告発しているのです。
これによって、スペイン人の残虐性が一気に世界中に広まったというわけです。
スペイン人が手当たり次第に虐殺を行ったと言っても、この時代にガス室はないので、銃火器や手動武器では限界があるのです。
スペイン人が南米でやったことは、インドでイギリス人がやったことと同じなのです。
何より人は、水と食料を絶たれれば餓死していくのです。
これは、最も原始的な体のいい大量虐殺の一つなのです。
悪名高きコルテスとピサロの冷酷
何と言っても、アステカ王国はコルテスによって滅ばされてしまったし、インカ帝国もピサロによって消滅をしてしまったのです。
その後の中南米の国々は、独立を果たしても、スペインが散々掻き回して逃げてしまったことで、紆余曲折を余儀なくされてしまったというわけです。
それだけスペインという国は悪名高き国だったのです。
こうして、中南米の国々は発展が遅れたことで未開のままの地が多いわけです。
そこには、手つかずの豊富な資源が眠っているからです。
ここ数年の開発技術の飛躍的進化に伴い、近年では、中南米の国々が巨大マーケットに結びつく可能性を秘めているのです。
それにしても、スペインやイギリスに比べたら、日本の戦争犯罪行為などは比べものにもならないほど遥かに小さいレベルのものなのです。
日本の場合は、多大な戦後補償のODAなどの貢献によって、とっくに禊は済んでいるのです。
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忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。





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