大学の統廃合、やはり田中真紀子氏は間違ってはいなかった
大学を無理やり作り続けた結果が教育の劣化を生んでしまった

今や大学の倒産時代が近づいてきた。これからは大学といえども一律に守って行く時代ではなくなったのです。
そう、国はとうとう大学に対して大ナタを振るう事態となったのです。
政府は、少子化によって私立大学の半数以上が定員割れとなっていることを受け、私立大学の統廃合に向けた検討を加速しだしたのです。
そうしたことで、財務省は文部科学省と協議して2040年度までに少なくとも250校の大学を減らすことを発表したのです。
そもそも、私大の経営とは、公的なお金で支えられていることで、民間の企業経営とは異なるのです。
ということで今回は、政府や地方自治体のやりたい放題で、国税を圧迫して来た最たる問題である私立大学の実態にスポットを当て、いつも通りの雑学タッチとオチャラケを交えてこの退廃と化している学校運営の実態を簡単にご説明してまいります。
田中真紀子大臣の正論は通らなかった
現在の日本には、624校の私大が存在しているのです。そううちの250校を減らすということは、全体の4割にも当たるわけです。
4割の大学が意味を成さない学校ということで、そんな学校に対して国民の税金を投下していたのです。
これで思い起こすのは、14年前の2012年の出来事です。
地方自治体が大学の新設を駆け込みで設立することに意を唱えた当時の田中真紀子文部科学相が3つの大学の新設を認可しなかった事件です。
当時は、中央と地方政治はナアナアの関係だったこともあり、この田中真紀子大臣の唐突な行動によって関係者は大慌てとなってしまったわけです。
この田中真紀子大臣の強権は、自民の政治家だけではなく、地方自治体の知事や市長も巻き込んでの大バッシングとなったのです。
そんなことで結果的に、田中真紀子大臣がこれに折れる形で白紙撤回をしたことで決着がついたのです。
当時から学生が減るのに大学ばかりが増え続けるというミスマッチ。
大学ともなると一端設立を認めてしまうと、簡単には解散をさせることも出来ないので、田中真紀子大臣はそのことを懸念していたのです。
黙認してきたのは地方創生絡み
こうして大学が増え続けた結果は、大学を卒業しても、2割以上が就職も出来ないという、若年失業者が生み出されるということに繋がってしまったのです。
今回の措置で政府は、私大の53%が定員割れに陥っている現実を見極め、私大の運営を手助けしている私学助成金の支出を大幅に削減をする措置を取ったというわけなのです。
この大学の適正化問題も今迄先送りをされてきた典型な話なので、遅まきながらの話なのです。
今迄、この問題に大ナタを触れなかったのは、地方から大学を抹消することは、若者を地方から遠ざけることになるからです。
学校がなくなって、若者がいなくなれば、政府が推進して来た地方創生と逆行することになってしまうと危惧したわけです。
でも、地方の私大を目指すという学生は少なくなってしまったことで、もうそんなレベルの話ではなくなって来たのです。
こうなるのは誰もが判っていたこと
そんなことで、とくに地方の弱小大学の場合、学生の確保は難しいし、資産そのものもないので、経営を維持するのはもはや無理なので、解散命令以前にギブアップ状態なのです。
そうしたことで中には、生徒の半数以上が外国人という大学もあるのです。
結局、日本人が集まらないことで、グローバル化を推進して外国人に活路を見出したというわけなのです。
これだと学校経営の延命措置としか捉えられなことで、教育の質そのものが劣化して行く可能性があるのです。
結局、あの時点でストップを掛けておけばよかったのですが、学校の設立となると、利権絡みとなるので、判っていても止められないというわけです。
とにかく、当時はマスゴミも田中真紀子大臣の不認可に対して専門家をかつぎ出して袋叩きとしたのです。
その背景は、不認可とした大学は、事前に大学設置・法人審議会が認可と答申していたからで、田中真紀子大臣はこれを覆したことで、大騒動となってしまったのです。
大学設置・法人審議会はイエスマンだらけなので、後先も考えずに承認をしてしまうのです。
田中真紀子大臣は、こんなことをやっていたら、教育の劣化を招くだけと、大学設置・法人審議会の緩い体質に異を唱えたのですが、大反発を食らってしまったのです。
まあ、田中真紀子らしい、メチャクチャ真っ当な進言だったのですが、当時はこの矛盾に対して異を唱えることの機が熟していない時期だったのです。
その時に最低最悪な大臣だと、メチャクチャな持論を巻き散らして攻撃をしていたのが、愛知県のマヌケヅラの知事の大村知事なのです。
こんなヤカラが未だに知事の座にいること事態が不思議でなりませんよね。
地方は名ばかり大学だらけ
本来、ここまで赤字が膨らめば通常の企業だったら、とっくに倒産をしている筈なのです。
しかし、私立大学の場合は、延命措置として税金の補助があることで、辛うじて生き延びることが出来ているのです。
結局、日本にこれだけの無駄な大学が増え続けたのは、大卒という肩書の学歴神話が蔓延っているからなのです。
それは大学を作れば学生は大卒の学歴欲しさにいくらでも集まるという安易な楽観論があったからです。
しかし今や、学位の希少価値は完全に消失した状態となってしまい、大卒という肩書は、単なる絵に書いた餅でしかないのです。
今や学校経営も都会と地方の差が大きく開いてしまったのです。
これは地方の教育を維持する為の基盤が崩壊してしまったことを意味するのです。
地方の大学では、生徒が集まらないことで、教職員の人件費や校舎の維持費が経営を圧迫していて、学校を無理やり運営しているのです。
そうしたことで、中には、まともな授業が存在しないという改善は不可能な赤字続きの学校もあるのです。
意味のない大学を税金で活かし続けるのはクズの極み、日本は歪な学歴神話と学歴編重主義を見直して行かねばならないのです。
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忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。





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