反日新聞屋の既得権益の高校野球は見るだけドッシラケ
完全にメッキが剥がされてしまった高校野球の実態、もう特別扱いをする時代ではない

夏になるとNHKがシャカリキとなって放送をすることで、高校野球が真っ盛りとなる。
だがしかし「なぜ野球だけが特別なのか」という議論も必ずと言っていいほど巻き起こってしまうのです。
若者のスポーツイベントの中でも、今となっては矛盾に満ちた存在なのが甲子園で春夏に繰り広げられる高校野球の存在なのです。
高校野球は、異常なくらいに露出度が大きく特別扱いをされてきたスポーツなのです。
しかし、その高校野球が反日の急先鋒である朝日新聞や毎日新聞が取り仕切っていて、彼らの利権となっている実態が知れ渡り拒否感を持つ人が多くなったのです。
ということで今回は、随分昔から眉唾の論議が絶えない、夏の風物詩である高校野球の存在に迫り、いつも通りの雑学タッチとオチャラケを交えて、主催を行う新聞屋の偽善のまやかしを語ってまいります。
高校野球は郷土愛の帰属意識の目覚め
しかしながら、高校野球が何故ここまで国民的スポーツとして国民の支持を植え付けることが出来たのでしょうか。
それは戦前からの主催を体よく引き継ぐことが出来た新聞マスコミによる商業主義の姑息なマインドコントロールがあったからです。
日本の敗戦と共に完全に牙を抜かれてしまった日本国民、そこで今迄根付いていた愛国心に代わって洗脳されたのが故郷への帰属意識で、それに打って付けだったのが高校野球だったというわけです。
これによって、自身損失に陥って拠り所を失っていた日本国民は一斉に「おらが地元の誇り」を思うという故郷への帰属意識に目覚めていったのです。
でも、これも結局のところ、地方同士を争わせて、孤立主義を呼び起こして団結の精神を失わせるという巧妙な罠が仕組まれたものなのです。
当時は娯楽も殆どない時代なので、高校野球は国民にとって一番の娯楽の対象となり、野球に興味もない女性たちも熱狂するほど高校野球は爆発的な大フィーバーとなっていったのでした。
何故、野球なのかは、野球は他のスポーツと比べて判りやすく単純で、勝敗も一目瞭然のスポーツなので好都合に利用出来たというわけです。
要は、新聞社の社会的な権威を示し、部数獲得の為に利用されたスポーツでもあるのです。
金に無縁の清き純粋を装う偽善
その高校野球といえば、とかく綺麗事だらけを標榜することで、日本の教育に巣くう「金は汚い」の悪しき偽りの論理を地でいくのが高校野球と言ってもいいのです。
こうして、高校野球を「金には無縁の純粋無垢なスポーツである」と言いながら、実際は金まみれとなっているのが高校野球の実態なのです。
高校野球の選手たちは、スカウトで集められた選手ばかり、彼らの授業料は免除され衣食住のすべてが施されるという特別待遇の環境に置かれるのです。
要するにこの段階からアマチュアとは無縁の金にまみれたプロなのだということです。
高校野球こそは、完全なダブルスタンダード状態となっていることで、無茶ぶりな演出をしてカムフラージュをしているわけです。
このダブルスタンダードの構造を作り上げているのは誰なのかは、保守的な運営に拘る高野連と主催を担う利権まみれの新聞屋の実態が浮かび上がるのです。
その新聞屋とは、朝日新聞と毎日新聞なのです。
朝日と毎日は共産主義者、共産主義者は黒を白と言い包めるのです。
だから、朝日と毎日は利権だらけの金にまみれた高校野球を「金とは無縁の清き純粋な聖地」に見せようとするのです。
高校野球は新聞屋の濡れ手に粟の利権
朝日と毎日にとって、高校野球の存在は、新聞社にとって社会的な影響力を保持することが出来、更には主催をするだけで部数の獲得に大きく貢献し、広告収益にも結び付けることが出来るという打ち出の小槌となっているのです。
そう、高校野球の旧態依然の保守的な運営は朝日と毎日の既得権益のしたたかな戦略があるのです。
偽善のアマチュアリズムの幻想をひけらかすのはもう止めにした方がいい。
各都道府県の代表が集まって競わせるということで、高校野球を公平に見せかけるまやかしにも限界がきているのです。
その最たるものは、選挙と同じく人口の格差なのです。
全国には県内で150校以上の出場校で競う県がいくつもある中で、参加校の少ない鳥取、高知などでは出場校が20校あまりの状態なのです。
これでは明らかに公平を逸したもので不公平だらけです。
今や、世界的なサッカー人気が日本にも押し寄せたことで、昔のように野球しか選べなかった時代は完全に終わってしまい、高校野球だけが特別扱いという構造は時代遅れとなってしまったのです。
乗っ取りで利権も掌握した共産主義者
高校野球は何故、左翼の朝日新聞と毎日新聞が牛耳っているのかの疑問。
それは、朝日の場合、1915年に第1回全国中等学校優勝野球大会を大阪の豊中で開催をしたことがきっかけで、その後の大会の運営を取り仕切ったことで、完全な大会の既得権益を得た形となり、毎日の方は、1924年に全国選抜中等学校野球大会を主催することになったというわけです。
当時の朝日と毎日は国家べったりのプロパガンダ新聞だったのです。
ところが戦後になって、朝日と毎日は共産主義者に乗っ取られてしまったというわけで、戦後は乗っ取った左翼によって、高校野球も都合よく利用されている状態なのです。
要は、共産主義者たちは、朝日の看板だけで、社会的な権威をひけらかせ、何もせずとも高校野球の恩恵を授かることが出来てしまったのです。
これって、国連の最高決定機関である常任理事国の椅子に勝手に座ってしまった中国共産党と一緒というわけです。
それにしても、左翼の朝日や毎日が牛耳ったのに何故、高校野球は、軍隊式の行進や国旗掲揚、空襲警報などの軍国主義のスタイルがそのまま引き継がれたのでしょうか。
それは新聞社の体のいいズルさ、故郷への帰属意識を高揚させるには、愛国心を植え付けるのと同じなので、高校野球のイベントを取り仕切る為には必要不可欠なアイテムと考えたからです。
利権の為なら軍隊式も国旗掲揚もアリ
軍隊式の行進に国旗掲揚、カネやタイコにマスゲーム、負けて悔し涙を流す毎度の光景、それにしてもあの悔し涙の光景は戦争敗戦での涙の光景とそっくり同じ。
そして泣きながら、どこかの川っぺりから持ってきた砂を袋に詰めて持ち帰るというチンケナパフォーマンス。
いまどき、無茶ブリの悔し涙なんか流すのはドッシラケ、これではスポコンのままで、アスリートにはなれない。
さすが黒を白と言い包める朝日新聞の演出、でもいい加減、このやらせの光景を見せられるのもウンザリなのです。
そう、すべては金ありき、商業主義ありきのことなのです。
そしてはたまた、この高校野球の存在こそは、戦前の軍国主義を彷彿とさせるクラブ組織運営なので暴力や体罰が常態化していたのです。
そもそも、日本の高校生なんて、純粋無垢なんて一人としていやしないのです。
こんないい加減な左翼連中が主催を気取っていることで、本音と建前だらけの大混乱状態となるわけで、金まみれだけではなく、暴力沙汰が絶えない悪しき根深い慣習が続けられてきたのです。
何より、甲子園での開催が利権と化していることで、人命、健康リスクが度外視されている過酷な炎天下での試合の強行は異常を取り越しています。
反日が取り仕切る高校野球じゃドッシラケ
高校野球をおめでたい存在として見ていたのは昔の話。
この高校野球も今となっては、完全なマンネリの余興と化してしまった感があるのです。
まあ、それは言わずとも知れたこと、高校野球のチームは完全に営利の商業ベースへと入り込んでしまったことで、一線を飛び越えてしまったからです。
プロ予備軍の金を生み出す養成機関と化した高校野球は、郷土愛を育む精神はとうに消え去り、主力選手の殆どは県外出身の選手となり果てたのでした。
もはやこうなると、故郷への帰属などは完全に吹っ飛んでしまったと言っていいのです。
今や同じく国民的スポーツであったプロ野球でさえ、地上波から消えて無くなっているのです。
野球は素晴らしいし、商業主義も悪くない、でも、反日勢力の利権漁りでは最低最悪です。
朝日新聞・毎日新聞・NHKという三大悪徳反日勢力が取り仕切る高校野球じゃあアホの余興としか見えないのでドッシラケなのです。
高校野球という偽善の余興「こんなものいらない」BS放送で充分なのです。
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。




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