「日本の子供は世界一不幸」最悪な結末となった京都男児行方不明事件
日本は子供を押さえつけるだけで子供の命を守れない国となったのだろうか

う~ん、京都男児行方不明事件は遺体が発見されたという速報を聞き何とも残念無念というしかありません。
まだご本人とは特定をされておりませんが、安達結希さんのご冥福をお祈り申し上げます。
元気な姿で発見されて元の生活を送れるよう願うという一縷の望みも虚しく最悪なケースで幕を閉じてしまいました。
それにしても、この行方不明事件は、始めから不可解な点が多すぎたことで、これは単なる行方不明事件ではなく、犯罪事件ではないのかと勘ぐってしまうほどだったわけです。
そうしたことで、この事件に関しては、私自身「日本の子供は世界一不幸」というテーマで本の発行を計画していた矢先だったこともあり、気になる点をブログに記そうと考えたのですが、あまり根拠のない推測や個人的な見解を述べることは得策ではないと思い躊躇していたのでした。
ということで今回は、大変残念な結果となってしまった京都男児行方不明事件に触れ、いつも通りの雑学タッチで、日本の子供たちに蔓延する悪しきネグレストの実態などを簡単判りやすく述べてまいります。
子供への人格無視が蔓延する日本
「日本の子供は世界一不幸」のロジック、平和な日本で暮らす日本の子供たちは一見幸せそうに見えますが、日本の子供はチャイルド・プアやネグレスト状態に置かれた子供が多いことで、自殺率が世界でも突出しているのです。
子供を自殺に追い込む社会を築いているのは誰なのか、勿論それは大人たちなのです。
日本は子供の自殺率が世界でも突出している現実、それは子供たちには頼りとする心の支柱が無いからです。
自殺する子供たちは世の中に幻滅すると同時に大人たちにも幻滅の目を向けているのです。
それはそうですよね、気が狂ったようにワルのガキどもを過剰に守るくせに、健全な子供たちを一切守ろうとしない偽善の塊の大人たちを見ていたら絶望でしかない。
子供の人権を守ることは世界の常識なのに、日本という国は子供を守るふりをしながら子供の人権を散々蔑ろにしてきたのです。
それは今回の辺野古の問題でも明るみとなったように、共産党の左翼や日教組の大人たちは抵抗の出来ない子供たちを散々利用尽くしているからです。
何と言っても、実際の日本の子供たちは、知らず知らずのうちに過度な強制の呪縛に晒されて生きているのです。
始めから犯罪の臭いが漂っていた
それでは今回の事件のあらましを簡単に整理してみます。
子供が神隠しのように忽然と消えてしまうという事件は非常に多いのです。
でも安達結希さんの場合は、先月の23日に父親の車で学校のそばまで送り届けられたのを最後に行方不明となってしまったのですが、森林や水田が広がるあの場所だと子供が歩いていれば目立つ場所なわけで誰も目撃者が現れないということが不可解だったのです。
何より学校の防犯カメラには安達結希さんの姿はなかったのです。
また、次に出てきたピアノ教室や旅行の計画などが、よからぬ憶測に拍車を掛けてしまい、言い逃れや操作の攪乱を意図するものに映ってしまったわけです。
こうなると、学校に送ってはいないのではないかという疑いがネット界隈では噴出しだしてしまったのでした。
そして極めつけは、親族による通学バックの発見なのですが、そのバックが発見されたという場所は、消防団が3日間掛けて捜索をしていた場所だったことで、あの黄色のバックを消防団の捜索隊が見落とすとは考えにくいからです。
これはひょっとして、捜査の攪乱か、犯人の挑戦状なのだろうか……⁈
父親が継父であったという戦慄
しかしながらこの事件は、大騒ぎされる割にはあまりに被害者家族の環境の実態が伏せられていたことで、情報が錯綜してしまい、憶測ばかりが飛び交ってしまったのです。
とにかく、両親の存在があまりにクローズアップされないことで不可解さが増してしまったわけです。
まあ、こういう事件のケースでは、マスコミにとって周辺への聞き取り取材や身辺調査は責務となるのですが、しかし、警察から報道規制を掛けられていることで、下手な情報の漏えいは捜査に支障をきたすことで、マスコミも慎重にならざるを得ない状態となっていたのです。
そうしたことで、時間が経つにつれ、次々と飛び出してきたのは、シングルマザーという家庭の事情と、父親とされていた人物が継父であって、その年齢は24歳という若さ、そして籍を入れたのも昨年の暮れだったということなのでした。
この両親や親族の身辺が秘匿とされてきたことがようやく理解に及んだわけです。
そんなこんなで、日にちが経つにつれて警察の動きが慌ただしくなってきたので、ここまで来ると、嫌な予感が漂ってしまったのです。
継父の場合は子供の虐待が突出する
継父だったと聞いて、ピンと来たのは、「継父の虐待は、実の父からの虐待よりも5倍から10倍多い」という統計なのです。
継父が妻の連れ子を虐待するという事例は、日本でも昔から多くあったのですが、日本の場合、自分の子供はどう育てようが勝手という風習があることで、他人の干渉などはタブー視され、その実態はベールに包まれてきたのです。
とにかく、日本の場合は、子供の虐待などは、明確な取り締まりの法もなかったことで、警察や行政も迂闊に踏み込めず二の足を踏んでいた状態だったのです。
しかし、ここに来て継父の暴力によって子供が虐待死する悲惨なケースが出てきたり、子供が警察などに駆け込むという事態も頻繁化してきたのです。
継父にとって妻の連れ子は愛情そのものが薄いことで、邪魔な存在となってしまうケースも多いのです。
そうなると相手は抵抗出来ない子供、しかも密室なので、しつけなどと称してエスカレートしてしまうわけです。
母親は当然、継父の虐待に気付くのですが、生活面に於いて継父に依存していることで、見て見ぬふりをしてしまうというケースが非常に多いようなのです。
日本のネグレクトは放置され続けてきた
日本では長らく放置され続けてきたネグレクトの実態、これによって多くの子供たちが謂われなき理不尽に晒されてきたのです。
安達結希さんの場合は、11歳という多感な年齢なので、いきなり父となった若い継父に対して、すんなりとなつくことは難しいわけです。
ネグレクトを防ぐには、日本に根付く他人への干渉のタブーを払拭しないとダメ、子供は国の宝、子供のことは国民全体が守るという気心を持たねばならないのです。
このレベルのことは日本でも出来ることです。
しかしそれには警察や児童相談所などの行政との密な連携も必要となるので、踏み込んだ通報制度のシミュレーションを構築しなければなりません。
この事件の概要は、犯罪事件か事故か自死なのかが、まだ定かではないことで、今の段階では穿った見方は出来ないのですが、このような悲惨な結末を迎えること事態が子供の命を守れていないことに等しいわけなので、国家の不備と言えるものなのです。
日本の子供には、残念なことに外にも中にも敵がいるわけなので、だから幸せの実感など湧くわけもないのです。
子供は国の宝、子供のことは国民全体で守って行かねばならないのです。
※現在執筆中の本の中にネグレクトの内容も含まれていることで、ネグレクトを中心に記してまいりましたが、今回の事件に関して、ネグレクトや継父と断定したわけではございませんのでその点はご了承をお願い致します。

それにしても、こんな結末となってしまったことで、自分の本の紹介をするのは、とても気が引けるのですが、来週中には、キンドル電子書籍で発行致しますので、興味のある方は是非ともご覧になって頂けたらと存じます。
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。





コメント