「だんじり祭り」人が亡くなっても伝統だからというのは無理がある
昭和初期のだんじり祭りの映像を見たが、今と違って殺気立った雰囲気はなく、庶民がだんじりの前をはしゃいで一緒に走るという当時の祭りの模様が映っていた
要は昔に戻ればいいことです

日本人は厳粛である筈の祭礼の儀式を発散の場とはき違えてはいないか、祭りで人が死んでも当たり前などという祭りを放置してはならない。
年に1度の祭りは、庶民が唯一ハメを外すことが出来る祭祀の場なので、祭りの場では日常の細かい礼儀や上下関係を一時的にゆるめるという無礼講となるのです。
そうなると、祭りの場合は、それが伝統だから、それが習わしだからと、何事も大目に見られてしまうところがあるわけです。
こうして、日本の祭りは、無礼講から過激さがどんどん増してきてしまったことで「祭りは危険が付きもの」「祭りなので人が死んでも当たり前」という風潮となってしまったのです。
ということで今回は、祭りで人が死亡するという矛盾した現実に対して、いつも通りの雑学タッチとオチャラケを交えて、日本の祭りの意義を考察してまいります。
祭りへ参加する意義が見出せない若者
祭りの見せ場が危険となっていることは祭礼の儀式として不適切そのものなのです。
これでは、演じる方も見る方もスリルを味わうことが中心となるので、祭りではなく、競い合いのレースでいいということになります。
死亡事故が多発している以上、祭りだから大目に見ろは、現代の社会通念上から見ても相当とは言えません。
祭りというのは、そこに住む人間の民度を表すもの、伝統とはいえ時代にそぐわないものは退廃の極みと捉われてしまいかねません。
どうやら祭りの事故の場合、過去の検証は殆どお座なりとなっているようなのです。
そうなると現状では、祭りの安全管理が曖昧なまま、若者たちは半強制的に祭りに参加をさせられているのです。
いくら伝統を押し付けても、現代の若者は昔と違って単純ではないので、憂さ晴らしや肝試しの為に祭りに参加しようとは思わないのです。
昔は、楽しみといえば、祭りが主でしたが、しかし現代社会は人が楽しむアイテムは無限の広がりを見せているのです。
だんじり祭りに非難殺到
そうした中で、今問題となっているド迫力のだんじり祭りは危険極まりない祭りの一つといえます。
その今年のだんじり祭りでも、2名の方が亡くなられるという惨事に発展してしまい、全国から「危険だからもう止めろ」という批判の声が相次いだのです。
この事故は、だんじり祭りの見せ場である「やりまわし」といわれる、交差点のカーブを直角に右折した際にだんじりが横転してしまい、だんじりのバランスを取る「たかり」役を務めていた男性がだんじりの下敷きとなり死亡し、7人が重軽傷を負ったのです。
だんじりの重さは3~4トンもあり、あの猛スピードで曳行したら、事故が起こらないのが不思議なもので、文字通り死と隣り合わせの祭りなのです。
とくに、だんじりの場合は、祭りの見物客も巻き込む可能性が大きいことで、危険度が高い祭りとして批判的に見られて来たのです。
見物客の安全面も度外視されただんじり祭り
何より、だんじり祭りは、曳き手も殺気立っていて攻撃的なので、見る人によっては下品な祭りと称されてしまうのです。
日本の祭りは何故こうも過激になるのか、それは地方に行くほど祭りは、反抗心の裏返しや憂さ晴らしとなり、過激さや暴力が蔓延して危険な儀式となりがちとなるからです。
祭りには何かを祝うことであったり、豊作を願うことなど、それなりに意義があるのです。
こうして、祭りでの負傷はいつしか名誉であるという風潮が広がって行ったのです。
しかし、だんじり祭りの場合は、スリルを味わうことこそがメインとなってしまったことで、祭りの根本からも逸脱した存在となっているのです。
そんなことで、祭りでの負傷や死亡は、事件事故とは見做されず、見逃されてきたのです。
それにしても、だんじりの曳き手は自業自得だが、見物客の安全面が度外視されてきたところがあるので、警察や行政が立ち入っていかねばならないのです。
危険を競うショーとなっただんじり祭り
伝統だと思わされていたことが、実は違っていて、日本の祭りは間違った方向に向いてきているのです。
祭りの伝統とは同じものを引き継いてはいなくて、常に変化を遂げていたのです。
いつしか祭りが危険を競うショーとなり、これではチンピラや暴走族の余興と同じで、どんどん野蛮になっている気がするのです。
人が死ぬことが当たり前の危険な祭りなのに、それを変えるのは祭りの魅力が損なわれるというのは、もはや祭りではない危険なレースショウなのです。
祭りだからといって危険をはぐらかすのはもうヤメにしよう。
祭りのことは、以前にも私のブログで紹介をしてきましたが、日本の祭りが今のように大衆受けをして派手になったのは、明治以降のことなのです。
江戸時代は、とくに幕府の制約がうるさかったことで、祭りはどこも地味に執り行われてきたのです。
不良が担ぐ神輿はクズの極み
それではここからは、日本の祭りの退廃化を記してまいります。
そもそも、日本の祭りは神輿の祭りを見ても伝統などとはいえない、退廃物と化している現実があるのです。
私は一応、深川の生まれの江戸っ子なので子供の頃は神輿が大好きだったのです。
けど、途中から神輿が大嫌いになってしまったのでした。
それは一にも二にも担ぎ手の存在、チンピラガキどもに乗っ取られてしまったからです。
どの地方の祭りを見ても担いでいるのは、茶髪で下品なクソガキばかり、あんなグロテスクなものを見せつけられたら興醒めするだけです。
それも野郎だけでなく、女も目つきの悪い暴走族女みたいな奴ばかりで、せっかくのハッピが下品にしか見えないし不快そのものです。
そもそも、不良スタイルで神輿を担ぐなどあってはならないこと、不良ファッションは相手を威圧するためのゲスなキワモノなのです。
田舎っぺヤクザに乗っ取られた三社祭
これが浸透したのは、何と言っても三社祭のせい、三社祭は浅草の人口減少で担ぎ手不足となり、担ぎ手を募ったらヤクザばかりが集まってしまい、三社祭は完全に田舎っぺヤクザに乗っ取られてしまったのです。
あれが江戸を代表する祭りと思われたら江戸っ子は気の毒です。
挙句の果ては、ヤクザが刺青を誇る下品な祭りとなって行ったのです。
それを見た全国のチンピラどもが触発されて真似しだしたというわけです。
あいつらは一体何を思って担いでいるのだろうか、こんな民度の低いものは外国人には見せられない。
そもそも神輿には神社の御神体がまつられているので、神輿を担いで街を練り歩くことは神様が街を巡行しているわけです、なので、昔は神輿を担ぐ人は「粋でいなせ」な人たちと言われたのです。
不良文化が終わって神輿がマトモになった
それを超目つきの悪いヤクザやチンピラどもが敵意むき出しの顏で担いでいたらどうでしょう。
ましてや神の乗り物である神輿の上に乗るなんて言語道断です。
これでは、日本人は宗教を舐めすぎていると言われてもしょうがない。
神輿というものは、人を中に乗せて走る神輿などは皇族などの貴人が乗るものでとても神聖なものなので、下品なチンピラの発散の道具ではないのです。
私の出身地の深川の神輿の掛け声は、オーソドックスなわっしょい、わっしょいでした。
でも、私が住んでいた昭和30年代でも担ぎ手が少なくて、担いでいるのは江戸っ子ではなく、地方から流れて来た人たちが半分だった。
でも、あんな下品な担ぎ方はあり得なかった。
神輿を担ぐのがヤクザとチンピラというのが定番化したら更に担ぎ手が少なくなる。
ところが、ここに来てようやくまともな担ぎ手となりつつあるようなのです。
やっとまともに成りそう、あの類は今の若者には受けないので、どんどんチンピラの数が減ってきているからです。
これで祭りが安心して楽しめる。
伝統だから止められないは、偽りの言い訳、そもそもこのような祭りは一般大衆から自然発生をして、形を変えて引き継がれてきたものなので、伝統を継承するには、そのものズバリを守る必要性もないものなのです。
祭りの伝統とは、あくまで形を変えて引き継がれるということです。
日本の祭りの模様を記した前回のブログも参考にしてみてください。
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。





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