山本太郎はやはりチンピラのパシリが一番似合う人物だった
二度と見たくない、れいわ山本太郎一座のパフォーマンス政治演劇のドタバタ

原発反対を掲げて華々しく登場したれいわ新撰組は、一時期、国政政党としての地盤を築いたかに見えたのですが、今や公示前の8議席から1議席へと激減して内部崩壊を招いてしまい、とうとう白旗を挙げて政界から消えて行く羽目となってしまったのでした。
今回の代表辞任に伴い、れいわの党名は変更されて、執行部も解散となるそうです。
それにしても通常の政党の消滅ともなると、心惜しい哀愁が漂うものですが、れいわの場合は、もうとっくに国民から匙を投げられた状態だったので、どうでもいい存在となって、今更感のシラケムードに包まれていたのでした。
それは、ここに来てのれいわは過激な正体を露わにさせて辺り構わずの感情剥き出しとなっていたことで、マトモな会話が成り立たない状態と化していたからです。
ということで今回は、クズの極みと化し完全な死に体となっていた、れいわ新撰組の崩壊に迫り、いつも通りの雑学タッチとオチャラケを交えて、この超アホ集団と化したれいわの実態を簡潔に糾弾してまいります。
マスゴミが特別視してきた政治演劇集団
チンピラ役の役者が新政党の党首となって政界に進出というあり得ないサクセスストーリーを実現したのが山本太郎代表なのです。
その山本太郎が政治家になった際は、彼のパシリの演技の印象が強すぎて政治家としてのイメージが中々掴めなかったのです。
だが、山本太郎の役者としての知名度とサクセスストーリーに目を付けたテレビメディアや週刊誌媒体が、政治の世界に転身を果たした山本太郎の近況を面白おかしく流し続けたことで、着々と共鳴者を増やして行ったのでした。
こうしたテレビメディアなどの強力なバックアップがあったことで、政治力が脆弱な、れいわであっても、ここまで生き延びることが出来たというわけなのです。
とにかく、政治には珍しい荒唐無稽を叫ぶ山本太郎の言動は、テレビ受けがすることで、内容が全くなくとも、そこそこに目立つことで、視聴者の注目度は増して行ったのです。
そのれいわを信じて投票した有権者は、山本太郎が描いた政治演劇集団のパフォーマンスにうまく乗せられたのです。
でもここに来て、演劇集団のパフォーマンスだけでは、世の中を変えるような実行力がゼロなことにようやく気が付いたというわけです。
国民から軽蔑の象徴と化したれいわの衰退
とにかく、日本の左翼野党の場合は、高市総理や自民党に対しては、あらぬことを引き合いに出してまで徹底的な追及をするも、自分たちの非は一切認めようとしないという自分勝手なご都合主義を貫く存在なのです。
いくらなんでも、4つの左翼政党がみんなそれでは国民はウンザリするだけです。
他人に厳しく、自分には大甘というのは政治家として言語道断の大失格なわけです。
とくにれいわは、引退と謝罪を込めた今回の会見の場でもそれを貫いたのです。
れいわと社民の存在は、聞くに堪えない屁理屈ばかりで、聞いていて不快になることばかり、もはや国の恥としか思えなくなっていたことで、れいわが無くなろうとどうでもいい、早く消えてほしいと願うばかりだったのです。
山本代表は政治家としての資質はとても低いパフォーマンスだけが売りの人物なので、とうの昔にメッキが剥がれてしまっていたのです。
結果、国政政党でありながら、中身が空っぽなので、政策の論争には加われない存在となっていたのでした。
れいわは政党を管理する能力はなし
今の日本国民は極左の存在にホトホト嫌気が差してしまったことで、れいわの存在も社民党と同じく名前を表に出すこと自体が憚れるほど毛嫌いされてしまったのです。
とくにれいわの管理体制は、隙だらけの杜撰そのもので、今回、重大問題として浮上してしまった秘書給与詐欺疑惑や党の職員への給与の未払いの発生は、組織としての運営自体に疑問符がついていたのです。
しかし、山本代表は説明責任を果たさないまま、雲隠れをしていたわけです。
ところが、れいわの不祥事の数々は、左翼に甘いマスゴミは殆ど取り上げないのです。
国政政党でありながら、議員の報酬を適切に支払っていないとしたら、組織のガバナンスが問われ、明確な説明責任も問われることで、自民党だったら途轍もないほどの大騒ぎとなりますよね。
健康不良の顔はゴーグル焼け
また、今回の政界の引退と謝罪を込めた会見の場でも、あのオドケのおかしな笑い顔を見せるというハイテンションの異様感、あれでは薬物に汚染されているのではと疑われても致し方ないほどの態度です。
それは、山本代表の場合、一緒に運動をしてきた姉が大麻取締法で逮捕されているので尚更なのです。
SNSでは、ひょっとしたら、69キロ上回る時速149キロで走行したのも、薬物でハイになっていたからじゃないの⁈なんていう憶測が流れているくらいなのです。
それくらい彼の笑い顔は目の焦点が不気味で違和感だらけだったからです。
しかも、健康不良を強調するのですが、その顔にはゴーグル焼けと思われる日焼けの跡がくっきりと残っていたりと、わけが判らない状態なのです。
過激な政治集団と化したれいわ
脱原発を掲げたれいわ新撰組は、同じく原発反対をアイデンティティとしたドイツの「緑の党」に倣い、日本の原発の廃止を唱えてきたのですが、その活動の実態は緑の党の実行力には足元にも及ばない存在だったのです。
結局れいわの場合は、政界へのデビュー時では一過性のブームに乗って飛躍できたが、政治的なポリシーが脆弱なので、ニワカ政党から脱皮出来ないままだったのです。
そもそも環境アピールの政党の場合、社会的なイデオロギーが理想となるので、資本主義の進歩的な取り組みを常に否定して行かなくてはならないわけです。
そうしたことで、れいわの場合は結果的に、環境主義イコール左翼運動に直結して、大きく左に傾いてしまい、過激な路線へと展開するしかなくなってしまった残念な組織なのです。
まあ、れいわの場合、カリスマである山本党首を見ても判る通り、今迄の政党とは異質な自由奔放さがあったことで、党員の資質も推して知るべしというわけです。
う~ん、ところがドッコイ、実際は想像を遥かに超えた政治に拘ってはいけないゲテモノの寄せ集め集団だったのです。
それはあの二人の女性を見れば判りますよね。
れいわの組織力は脆弱そのもの、共産党のように古くからの地盤もないし、赤旗のようなプロパガンダも持ってはいない。
れいわは極左のライターからも呆れ返られてしまった、マスゴミに見放されたら、れいわ劇場は一巻の終わりということです。
もう決して決して拘ってはいけない存在なのです。
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。





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