街は人の移住によって繁栄したという基本を考えてみる
人の移住を拒み続ける集落の伝統に物申す
それでは今日は、田舎の人間の閉鎖的な目を覚ますために、街の活性化の基本中の基本の話を進めさせて頂きます。
田舎の人間の難点といえば、斬新なことやニューフェイスのものに対して極端な拒否反応を持ってしまうことなのです。
こうした精神思考は決めつけが激しくなるので、当然の如く人間に対しても当て嵌まってしまうのでやっかいものとなるのです。
そうしたことで、よそ者のやることなすことすべてがカンにさわってしまい、過剰なアレルギー状態となって行くのです。
それは今の田舎で巻き起ってしまった移住者とのドタバタ劇を見れば一目瞭然のことですよね。
受け入れてもらう立場の移住者たちは先住者を尊重する意味でも、今迄の意識を変えていかなくてはならないのは当然のことです。
しかし、変わるのが移住者だけでは、旧態依然のままとなるので、街や地域の活性化には一切つながらないのです。
そう、過疎化の現状を打破していくには、受け入れる側の先住者も意識を変えないとダメなのです。
ということで、ここからは、人口の流入によって、ネガティブ感をポジティブ感へと変換させた基本的事例を述べてまいります。
人口の流入は地場の人間を裕福にさせる
歴史を見てもお判りの通り、街の繁栄は人口の流入によって達成されたことなのです。
街が甦る、街を活性化させたいと思うのであったら過疎のままではダメなのは当たり前のことですよね。
それこそ、日本はただの田舎だった街が人口流入によって活性化された街だらけなのです。
時代背景はまったく違いますが、それは東京都下の多摩、八王子や湘南地域、相模原地域、浦和、川越、船橋、浦安などの街を見れば一目瞭然です。
今では、都会並みとなったこうした地域も昔は地場の人間しか住んでいない田舎町だったのです。
こうして瞬く間に人口が逆転してしまい、旧体質が一掃されたことで斬新な新興都市が出来上がったのでした。
この人口流入によって、一気に生活の向上が図れたことで、殆どの地場の人間は瞬く間に裕福な生活を送ることが出来たのでした。
まあ、これは近場に巨大都市があったからの話なので、これを今の時代や田舎の集落と結び合わせるのはちょっと無理がありますが、基本はこれだと言うことです。
田舎の人からすると過度の人口流入は街を乗っ取られるのではないか、伝統が消されてしまうのではという危機感ばかりが頭によぎるのです。
それは、成功した地域を見れば判る通り、地場の伝統は確かに減退するが、街の有志たちによって残されているのです。
それでは明日もこの話の続きです。
コメント