新聞・テレビはブランドから一転、売国奴に急降下
偽りのブランドが独り歩きした日本の新聞社とテレビ局というオールドメディアの実態。

かつては、強固なブランド神話が確立されて、日本国民から羨望の眼差しを向けられ、憧れの存在であった日本の新聞社とテレビ局というオールドメディアの存在。
その日本の新聞社とテレビ局というオールドメディアのブランド神話は、今となっては完全に崩壊してしまったと言っていいでしょう。
ブランドとは、一般大衆が抱く信用・信頼、理念が突出している要素で、組織に用いられる最上級の概念の言葉なのです。
そうしたことで、新聞社は国民に対して信用出来る貴重な情報を提供してくれ、テレビは国民に対してかけがえのない憩いの場を提供してくれる存在として、強固なブランドが確立されてきたというわけです。
いや、そもそも新聞社とテレビ局のブランドなど存在はしないのです。
ということで今回は、日本の新聞社とテレビ局というオールドメディアに築かれてきたブランド神話の実態に迫り、いつも通りの雑学タッチとオチャラケを交えて、ブランド一転、売国奴の悪魔と化したオールドメディアの偽りのブランドの実情を簡単判りやすく述べてまいります。
「虚飾のブランド」に騙され続けていた
長年にわたって、強固なブランド神話を築いてきた新聞社とテレビ局、しかし、インターネットの登場によって、新聞・テレビの情報は怪訝を生むばかりとなりブランド神話は徐々にほころび出してしまったのです。
その後、メッキが剥がれた新聞・テレビは、デジタルの進化によって、そのほころびは拡大の一途となったのです。
こうして、今や日本の新聞社とテレビ局というオールドメディアの存在をブランドと思う人は殆どいなくなってしまったのです。
そう、新聞社とテレビ局のブランドとは「虚飾のブランド」だったのです。
結局、今迄、新聞社とテレビ局のまやかしの数々がバレなかったのは、一方的な情報を流して、反論を一切封殺することが出来たからなのです。
私たち国民は新聞社とテレビ局の「虚飾のブランド」に騙され続けていたのです。
ブランドという言葉に弱い国民性
ブランドが確立出来れば敷居が高くなるので強気の商売が成り立つのです。
このブランドをどこまでも利用して満喫してきたのが新聞社とテレビ局というわけです。
この新聞社とテレビ局のブランド神話という嘘。日本国民は、何故いとも簡単に騙され続けてきたのでしょうか。
それは日本人の場合は、ブランドという言葉に非常に弱い民族だからです。
通常の店でもそうですが、日本人の場合は、老舗店やブランド店といえば、その看板だけで、その商品はお墨付きを得たものなので、完全に信用モードに入ってしまうのです。
結局それは、日本の場合、何度も指摘する通り、本物と偽物が氾濫するダブルスタンダードの国なので、裏を返せば、それだけ紛い物が蔓延している証でもあるわけなのです。
そう、現実の世の中は紛い物や偽物が氾濫した状態なので、どこで本物を見分けていくかの目利きも整えなければならなくなるというわけです。
そうしたことで、日本国民の場合、老舗やブランドと聞けば信用の証となるので、老舗やブランドがウソをつくわけがないと勝手に決めつけて一切疑いを持たなくなり、誰もが完全であると思ってしまうのです。
ブランドで守られた新聞・テレビ
日本の新聞社とテレビ局というオールドメディアの場合は、ブランドの看板が築かれたことで、これが絶大な信用の証となって一切疑いを持たれなくなり守られていくことになったのです。
こうして、完璧にブランドが確立されたことで、スポンサーやクライアントに対して、広告料金の値段を過大に吊り上げることも出来てしまうし、傘下の代理店には強気のマージンを設定することが可能となったのです。
しかし、結局、新聞・テレビこそはダブルスタンダードの世界、そのブランドはまるで信用に値しないまやかしの物だったというわけです。
老舗やブランド神話を信じすぎると裏の実態を知ってしまうと幻滅の話だらけとなってしまうことは非常に多いのです。
ブランドと思っていた新聞社とテレビ局の場合は、ニュース報道なども印象操作によって、歪曲していたことがインターネットの普及によって次々と暴かれてしまったのです。
日本人がマインドコントロールされてきたブランド神話や老舗は完全に眉唾となり、もはや崩壊した古い定説だということです。
ブランド神話は不正の隠れ蓑
結局、老舗やブランド神話は不正の隠れ蓑としても機能しているのです。
結局これらは、自分たちは、ブランド神話という常識の壁で守られているので、いい加減をやったところでバレる筈はないと高を括っていたというわけなのです。
老舗やブランドと思って買った商品は、下請けに丸投げされたもので、普段であったら絶対に相手にしないような町工場で製造された商品だったとしたら騙し討ちに等しい行為としか言えません。
しかし、それと同じことを日本の新聞社とテレビ局はやって来たということです。
いや、もっと遥かに酷いかも知れない、情報そのものを歪曲して国民に伝えるなどは悪行の限りと言えます。
一度、堕ちたブランドは二度と復活はしない。
それ以前に、日本の新聞社とテレビ局というオールドメディアのブランド神話は、タダのニセモノブランドだったのです。
日本の新聞屋とテレビ屋は、ブランド一転、安っぽちい情報を提供するだけのまやかし組織と成り果てたのです。
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。





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