沖縄県も承知、法を無視した左翼の利権ビジネスの実態
自分たちの食い扶持の為なら人の命もいとわない左翼の冷酷ビジネスの実態

ここに来て、あまりにもデタラメすぎの沖縄の実態が次々と炙り出されてきたのです。
辺野古の基地建設に関しては、日本という法治国家の最高裁の判決によって、沖縄県の敗訴が決定したのです。
ところが、沖縄県はそれに従うことはせずに、反基地の活動を擁護してきたわけです。
そうした法を無視した行為が今回の重大な事故を巻き起こしたと言ってもいいのです。
何より、運輸局への登録もしていなければ保険にも入ってはいないという闇の船に高校生を乗せていたという無謀な行為。
こうした無法は、学校側にも連鎖していて、学校は生徒たちを抗議船に乗せるという事実を保護者には説明をしていなかったのです。
もはや、沖縄県のやっていることは法治国家の自治体とは思えぬ無法な所業なので、この期に及んでは、沖縄を特別な目で見るという風潮は完全に失せてしまったのです。
こんな状態では、もう沖縄の地を修学旅行先に選ぶ学校はなくなってしまうことでしょう。いくら綺麗な海があると言っても余りにイメージが悪すぎです。
ということで今回も昨日に続き、玉城デニーという知事の下で発覚する沖縄の醜態に迫り、いつも通りの雑学タッチとオチャラケを交えて、呆れ返るほどの無謀な実態を簡潔に糾弾してまいります。
もう沖縄を特別な目では見ない
辺野古での「平和学習」という名の下で起きた痛ましい事故で高校生の命が奪われて以来、活動家たちの法を無視したやりたい放題の野放図な振る舞いが次々と明るみとなってきたのです。
う~ん、それにしても、あり得ないほどの左翼ビジネスの利権が存在していたのですね。
何と言っても、年間2000校以上の学校が沖縄を目指して修学旅行を実施しているのです。
これらの修学旅行の学生たちは船の乗船料どころか、活動家が経営する民泊や美術館そしてアトリエなどにお金を落としていたのです。
こんなおいしいビジネスが平和学習の名の下に左翼の活動家たちの資金源となっていたというわけです。
今回の事故は当たり前のコンプライアンスも無視した常軌を逸した醜態の数々によって巻き起こされたものなので、間違いなく人災と言っていいものなのです。
いやーそれにしても沖縄を舞台にここまでの傍若無人が定例化していたとは、内地に住む一般の国民は知る由もなかったことです。
あの異常な腕組会見を見るにつけ、この連中の頭の中は、自分たちは何も間違ってないということなのです。
もうこれを聞くと、戦争での被害というものは、日本全国に存在するので、マスゴミはもう沖縄を突出した被害者であるという報道は止めにしてもらいたいと思ってしまいます。
平和の言葉を利用して来た悪魔の左翼ども
争いだらけの歴史を持つ人類にとって理想の願望は平和の言葉なのです。
なので、人は平和の言葉に簡単に惹きつけられてしまうのです。
しかし、沖縄で行われていた高校生を中心とした「平和学習」の存在は、半強制的なものだったのです。
学生たちは、活動家たちが運営する民泊に宿泊させられ、反基地活動の一方的な思想を刷り込まされるという洗脳活動が恒常化していたのです。
こうして、左翼は沖縄の被害感情を利用尽くして、自分たちの汚いあぶく銭の利権を作り上げてきたのです。
やたらに平和を語って接近してくる人間ほど危険な人物はいない、平和の言葉には怪しい裏が潜むので、ほとほと厄介なのです。
しかし、平和ボケの性善説で生きてきた日本人の場合は、平和の言葉に非常に弱くコロッと騙されてしまうのです。
そう、平和と言われれば、ついつい飛びついてしまうのが、私たち平和ボケの性善説で生きてきた日本人の悪いところなのです。
左翼はその心理を巧みについて平和の言葉で人を誑かそうとするので、奴らの平和のインチキさ恐ろしさを知っておきましょう。
平和は左翼の利権であり金づる
左翼がいう平和には裏があるということ、左翼がいう平和は極めて危険なのです。
今回のようにもっともらしく平和を唱える聖職者にも下心が潜んでいるので、結果、高い代償を払う破目となったり軋轢を生むのです。
平和は左翼の利権、金づるとなっているのです。
この辺野古の活動に一番多く寄付をしているのはやはり中国からだそうです。
これでお判りの通り、この平和学習とは、米軍憎しの辺野古の反対運動と同時に中国擁護の教育も施しているのです。
このように沖縄には、見事なくらいに左の団体しか存在しないので左の教育ばかりとなるのです。
その異様な実態を内地の国民は知る術もなかったことで、まさかここまで左に歪んだ教育を受けさせられているとは思いもよらなかったのです。
沖縄の平和運動がこうして過激化が増してしまい、教育の分野に深く入り込んでしまったのは、オール沖縄が沖縄の主導権を握ってからのことなのです。
本来は、オール沖縄などの越権行為は政治家たちが率先して歯止めを掛けねばならないことなのです。
しかし、こうした特定の思想を植え付けるという教育に県議などが異を唱えると、オール沖縄から教育に対しての政治の介入であると、つるし上げを食らってしまうというわけです。
そうなると、どの政治家も尻込みしてしまい、ストップを掛ける人間が誰もいなくなったことで、警察も海保も手が出せなくなって、黙認状態となってしまったのです。
こうして、平和学習は、左翼活動家の聖域と化してしまったことで、オレたちには何も怖いものはないと、やりたい放題がまかり通ったというわけです。
左翼活動家の傍若無人を助長してきたのはマスゴミだ
いやーメチャクチャ乱れ切っていますよね。
結局、これに拍車を掛けているのは、琉球新報と沖縄タイムスの存在なのです。
この2紙は、報道機関というより、活動家たちの機関紙の役割なので、基地反対運動の活動家たちと一心同体なのです。
その内容たるは、沖縄は被害者という被害者ヅラの報道に徹しているというわけです。
とにかく、日本のオールドマスゴミは、こうした過激な活動家たちを普通の平和運動の活動として肯定的に報道するのです。
オールドマスゴミは何でこの事故を追及して行かないのかは、これでお判りの通り、彼らのやりたい放題の行為は全て判っていながらも黙認して来たからです。
そしてその当事者が日本基督教団の左翼牧師ということで、その存在に一目を置き踏み込まないようにしていたからです。
そして今回の場合は、事故の当事者であるその牧師が亡くなっていることで、故人への尊重と称して都合よく報道をしない自由を行使しているわけです。
しかし、ただでさえ、これだけの杜撰な事実が浮かび上がっているわけで、これで各社が本気となって取材を繰り広げたら、日本基督教団の闇の部分が次々とさらけ出されてしまうというわけです。
それに待ったを掛けたということなのでしょうね。
早い話が、左翼の闇に足を踏み入れてしまうと、同じ穴の狢である自分たちにも火の粉が降りかかってしまうからです。
これが沖縄の実態なのです。
これでは修学旅行先に沖縄を進める保護者なんてもういるわけはない。
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。




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