新名神高速道路での、ながらスマホで6人死亡事故の悲惨
世の中には勝手気ままな無神経といわれる人間は多い、しかし大型トラックを高速で運転をして、ながらスマホをする人間は殆どいない筈

大型トラックを運転して6人を死亡させた女性の被告に禁固刑7年を求刑した。
6人も人を殺して於いて、たったの禁固刑7年の求刑だとさ。
遺族は一生許さないと悲痛な叫び!!
これこそは国民感情を逆撫でする矛盾に満ちた悪しき法の所業といえます。
ということで今回は、国民感情を逆撫でするという日本の刑法の矛盾に対して、いつも通りの雑学タッチで、その憤りを記してまいります。
また、絶望の淵に晒されてしまう被害者たちの怒りの心情に迫り、そして高齢者の無謀運転に関しても警鐘を鳴らしてまいります。
危険運転致死罪に問うべき
この事故の詳細は、3月20日の未明、被告人の女は新名神高速道路で大型トラックを運転中に、スマホの画面に夢中となり、渋滞の車列に気付かず追突してしまい、玉突き事故を誘発させて6人を死亡させたとされるものなのです。
この事故によって、家族で大阪のテーマパークに向かっていた、静岡県袋井市に住む5人のファミリーと団体職員の方がこの事故に巻き込まれて死亡したのです。
それにしても、運命の悪戯とは惨いもの、本当にツイていないし魔が悪かった、被害者たちは、この女と偶然に出くわしてしまったことで、この一家は崩壊させられたのです。
突然、命を奪われた家族の悲しみは今も癒えることはなく、7年の求刑と聞いて怒りと悔しさが倍増して行ったのです。
供述によると、この女は、スマホ見ながら大型トラックを時速約80キロで走行中に事故を起こしてしまったということです。
この、ながらスマホは、事故を起こす前から家族から注意されていたようで、ながらスマホは、常習だったようです。
クルマは走る凶器に変身することで、誰もがこの女のぞんざいなこの行為のターゲットにされるリスクがあったのです。
大型トラックを高速で運転していて、前をまともに見ていない時点でアウトだし、更にながらスマホでは、寄り刑罰の重い危険運転致死罪(1年以上20年以下の拘禁刑)でしかないと思うので、上限一杯の20年が相応しいのです。
何よりこの女は、大型トラックでの業務の危険性というモラルハザードが完全に欠如している人物であることが窺い知れるのです。
殺人事件ではないとしても、6人も人を殺めたら一生償って生きねばならなくなるので、無期懲役相当でいいと思う。
法解釈を国民目線の基準に引き上げるべき
日本という国には、偽善をのたまう法律家によって、日本人の命は安く押さえつけられているので、こうした大いなる矛盾がまかり通ってしまうのです。
こんなものは誰もが矛盾を感じるものなので、法律家どもが勝手に決めた杓子定規の欠陥法でしかないのです。
法律家どもの頭には常に加害者の人権が念頭に置かれるという法律の解釈自体が歪となっているので、国民目線の基準とは大きく乖離してしまうのです。
被害者の人権を疎かにして、加害者の人権だけに配慮をすることで、平等の原則からも大きく逸脱しているのです。
そうしたことで、何の落ち度もない人を轢き殺して、刑にも服さずに罰金刑で済んでしまったという理不尽な話がまかり通ってきたのです。
いや、それどころか、警察や検察官の当たり外れもあって、死亡事故でも罰金もない不起訴処分となるケースも多いのです。
そもそも、交通事故の場合、正式な裁判が開かれることは非常に少ないのです。
とかく、クルマの事故に対して寛容という風潮が根付いているので、泣き寝入りが殆どなのです。これでは、被害者は納得出来ませんよね。
不起訴処分を不服として検察審査会に訴え出る手もありますが、結果は気休めだけとなるだけなのです。
守るべきは被害者である
まあ、何度も言う通り、日本では犯罪被害者やその家族たちは置き去りにされ、犯罪者だけが過剰に守られるという歪み切った世の中になっているのです。
病気や事故の死でも悲しみに暮れるのに、加害者があっての事件ともなれば、その悲しみと悔しさは半端なものではないでしょう。
日本の場合、犯罪被害者になってしまうと、その悲惨さだけでなく、家族もろとも、後々にわたって不幸の連鎖が続くことになってしまうのです。
先進国で被害者家族を救う制度が無いのは日本だけなのです。
日本は一刻も早く被害者側を救う法改正を行い、被害者支援そして救済活動への啓蒙など、被害者救済に向けた流れを作らなければならない。
クルマの存在を安易に考えてはならない
よくよく考えてみるとクルマの存在は便利な反面、一歩間違えると人間生活にとって多くの歪をもたらす機械ともいえるのでした。
何と言っても、クルマは人を殺すことを目的とする戦争より、車の方が、格段に人を殺し続けていることで「人殺しの諸悪の根源」となるのです。
現在でも車で死ぬ人は、世界中で年間130万人に達するのです。
クルマは交通トラブルに遇うリスクが付き物なので、クルマを運転しているとトラブルに見舞われるケースが増大して行くのです。
クルマは人を殺めるつもりがなくとも、運転操作を誤れば人を殺めてしまう危険なマシーンなのです。
クルマという凶器が公道で無謀な暴走を行ったら大事故につながりかねないし、周りのクルマも巻き込む可能性もあるのです。
人というものは普通の日常生活を送っている分にはトラブルに見舞われることは殆どないのですが、クルマが絡むとトラブルケースが倍増するのです。
平和な日本で普通に暮らしているので、犯罪や事故に巻き込まれることなどあり得ないなどと思ったら大間違い、身の危険は私たちの身近にいくらでも潜んでいるのです。
その一番は、クルマの運転なのです。
文明の利器のクルマは走る凶器と化しているのです。
クルマの運転の場合、どんなに慎重に運転していようとも、貰い事故というものがあるので、被害者となってしまうリスクは非常に高いのです。
それこそ、無謀な運転を日常的に行っているようなヤカラと遭遇してしまったら、そのリスクは高まるし、いきなり対向車線を飛び出してくる場合もあるので、気を抜くことは出来ないのです。
そうなると、クルマの運転もツキそのものとなるのです。
日本の道路は渋滞だらけ、カリカリして運転している人間が多いことで、日常生活より狂人と遭遇してしまうケースは多くなるわけです。
80歳は運転免許を強制的に取り上げろ
それでは、最後に相変らず頻繁に起きている老人の運転操作の誤りについて警鐘を促して締めとさせて頂きます。
それにしても、ほとほと困り果てるのは、あれだけ大騒ぎされ社会問題化されているにも関わらず、野放し状態とされているのが老人ドライバーの存在なのです。
これだけ老人の数が多いと、ボケも手伝ってか、おかしな老人も出現するのです。
そうした中で、老人の無謀運転でクルマが歩道に突っ込んで歩行者を跳ねるという痛ましい事故が立て続けに起こっているのです。
歩道を歩いていてクルマに轢かれるなど、完全な無防備状態なので、かわす術もないので、事故に遇われた方々は気の毒な限りとしか言えません。
しかしながら、ただでさえ少子化と言われる中で、ボケた無謀老人によって、子供の命が狙われ続けているわけです。
ここまで来たら、80歳になったら運転免許は強制的に取り上げないとダメ、だいたい、免許を取得したら永久に運転出来るなんておかしな話です。
ジジイババアは70超えたら運転するな
毎度の定番がブレーキとアクセルを間違えたというものなのです。
ジジイババアは、判断の切り替えが鈍くなるので、ブレーキをアクセルと間違えて踏み込んでしまうのです。
車は、判断の迷いによっては、恐ろしい凶器となることは、誰もが知るところ、咄嗟の判断が衰えた老人の頭では機械の操作は不可能となるのです。
これでは被害者は気の毒に尽きる、アクセルを踏み込んで車が突進して来たら人間はひとたまりもない、力のない年寄りの運転でも、勢いが増して突進してくるのだから最大限の苦痛と恐怖を味わうことになるのです。
お陰で今は、道を歩いている時より、スーパーやコンビニなどから出て来る車に注意を払うようになったのです。
70歳になったら1年ごとに研修を強制し、どんどん振るいにかけて行くべきです。
バカ老人の我が儘を許してはならない、痴呆で運転したら飲酒運転と同罪とし、老人だろうが厳しい処罰が待ち受けていることを知らしめなければならない。
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。





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