立憲議員の京都国際への誹謗中傷の懸念に対して憤りを感じる
立憲民主党の本庄知史氏がXに投稿した京都国際という甲子園に出場した韓国系の学校に対する誹謗中傷に懸念を示したという一件。
理不尽な誹謗中傷など誰もが反対するのは当然のことです。
それにしても、加害者を被害者に仕立て上げるという、左翼の得意技の論法にはほとほとウンザリするのですが、未だに治らないようです。
これは、加害者を被害者に仕立て上げるほどのものではないが、これも話を拡大解釈して執拗以上に騒ぎ立てるといういつものパターンなので、これを聞いて、やはり立憲民主党という政党は昔の社会党とほとんど変わらないのだなと感じたものでした。
こうした正義感を引き散らかせて世の中の悪習を諫めるという論法は左翼の古典的な常套手段なのです。
加害者を被害者に仕立て上げ国民を苦しめた左翼たち
この京都国際という学校とは全く別の話せすが、私が青春期を送った60年代、70代は、朝鮮学校生が手の付けられないような傍若無人の大暴れをして、当時の若者たちを恐怖に陥れていたのです。
しかし、当時の社会党(立憲・社民)や共産党、そして朝日を中心とした左翼メディアは、あろうことか、彼らを弱い立場の被害者として扱い、朝鮮学校生を虐めてはダメ、差別をしてはダメとキャンペーンを展開していたというわけなのです。
そう、今でいう在日人がメインで、日本人の若者のことなどは二の次、三の次という扱いで在日ファースト一辺倒だったというわけなのです。
とにかく酷いのは、社会党(立憲・社民)、共産党、朝日は、自分たちが調べたとするメチャクチャな数字を基に朝鮮学校生の被害を訴えるのです。
そんなことで、当時の若者たちは、自虐史観を徹底的に植え付けられていたこともあって骨抜きの状態にされていたこともあり、もはや何を言ってもダメと諦めムードとなり、その趨勢に従うしかなかったのです。
実際の当時の模様はというと朝鮮学校生を虐めてはダメ、差別をしてはダメどころが、朝鮮学校生の暴力が10万対彼らの被害の方は100レベルというくらいの差があったのです。
それは、朝鮮学校生に逆らうなど恐ろしくて出来なかったからです。
そのくらい彼らの暴力は凄まじく冷酷そのものだったのです。
朝鮮学校生から受けた被害の殆どは、仕返しが怖いのと、訴えたところで誰も対処はしてはくれないことで、表には出ないのです。
これは、学校の虐めのデータと全く一緒なのです。
学校を卒業した彼らは驚くような紳士だった
こうして、当時の朝鮮学校生は、左翼陣営からの擁護もあり、人殺しの一歩手前の暴力や強盗傷害、恐喝などやりたい放題の限りを尽くしてきたのです。
ところが、彼らは卒業と同時にその暴力性は収まるのです。
私の場合、大学時代や社会人となってから、彼らとの交流があったのですが、彼らの殆どは驚くことに高校時代とは打って変わって、知的感漂う紳士となっていたのでした。
そんな彼らは朝鮮学校時代はやり過ぎたと言い、当時は自分を止められなかったと深く反省をしていたのです。
あんなことをしたら、嫌われてしまうのは当たり前のことなので、後輩たちに止めるよう促してみたらと言ったら、自分たちの口からはそれは絶対に言えないと意味深な答えが返ってきたのです。
彼らと交流して、とにかくビックリしたのが、彼らの思いの一番は祖国が中心ではあるのですが、日本の将来のことも真剣に考えていたからです。
まあ、それはあくまで自分たち在日の行く末を思うことなのでしょうが、骨抜きにされた日本人のノー天気ぶりとは全く乖離していたので、これでは彼らには勝ち目はないと心底感じ取ったのでした。
それくらい彼らには祖国に対しての愛国心、日本に対しての思いがあり、知的感も満載だったからです。
やはり祖国から離れていても愛国のアイデンティティを持った人間は強いということです。
左翼が水を差す双方の歩み寄り
しかしながら、在日朝鮮、韓国人との関係は、こうした紆余曲折の経過を辿りながらも、そこそこの良好な関係が保たれてきたのです。
そう、今や彼らは日本に完全に同化し、切っても切れない仲となったことで、嫌が上でも認めざるを得ない存在となったのです。
そうなると、日本人ファーストは、在日も取り込むものでないとダメなわけです。
そうした中で、立憲民主党の議員が言う「日本人や日本国自身を貶めかねない」というもっともらしい懸念の論理は、日本人だけに自責の念を求めるものばかりなので、昔と同じの左翼論調のワンパターンそのものなのです。
そもそも変えていくべき、変わるべきは双方に対して教示していくものなのです。
だから、此度の京都国際の校歌に対しても問題提起をして、自制を促して行くのが筋だと思うのです。
何より、この学校の校歌自体が、日本人からすればとても意味深で違和感を思うものなので、日本人の多くは怪訝さを感じてしまうというわけです。
日本人と在日の対立は左翼のシナリオ
これでお判りの通り、当時の朝鮮学校生の暴力は酷過ぎですが、結局のところ彼らに対する憎悪や差別、敵対心を助長してきたのは社会党(立憲・社民)や共産党、朝日を中心とした左翼メディアたちであると結論づけることが出来るのです。
そう、左翼どもが彼らを煽って意図的に対立の構図を作り上げてきたのです。
私たちの時代は、SNSなどのソーシャルメディアがなかったことで、政治家や悪徳マスコミが一方的に世論を形成することが出来たのです。
今回の一件も京都国際を被害者として扱い、日本人だけを断罪しているのです。
誹謗中傷は悪いが、京都国際も原因の一端を作り上げているのです。
だから、変わるべきは京都国際も一緒なのです。
ところが左翼共は在日が日本人と同化してしまったら困るので、日本人の心ない、誹謗中傷を拡大させて、常に敵対化へと導いて行くのです。
しかし、在日の生活は昔と違って、一気に底上げしてきたことで、左翼との共鳴もそぐわない状況となってきたのです。
もはや、この期に及んで、疑念を誘う極左の教示は一切止めにして頂きたいものです。
在日の人間の生活は底上げされたことは事実のことですが、根底に違和感が燻ったままでいいわけもないのです。
日本人も変わらなくてはならないが、それは在日も一緒なので、今のままで、安易な形で参政権を与えることは出来ないのです。
在日が変わってくれることを期待したい。
共産思想かぶれの反日日本人にはいくら言っても無駄なことですが、在日の人間の場合は、自分の孫やひ孫の代まで対立を引きずりたくはないのです。
もう対立は御免、在日も含めて日本人ファーストが実現出来れば理想に近づけるかも知れない。
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