日本の知事の殆どは日本の伝統の抹殺を企む悪魔かも
もはや日本は思った以上に深刻な事態となっていると言っていいかも知れない、ここにきて日本の全国知事会までもがグローバルリズムの象徴である多文化共生の偽善に汚染されている実態が炙り出されてきたのです。
前回でも触れた通り、今や多くの日本国民が外国人による日本の国土の買い占めに対して危機感を露わにしているというのに、日本の全国知事会では、それを完全無視して、外国人への優遇政策で協調するという本末転倒の異常な実態に至っているのです。
何と知事会では、外国人を守る為に多文化共生庁という政府機関を設ける提言を行ったのでした。
各県の知事の基で実行に移される多文化共生というまやかしの偽善は、県民の知らないところで進み出しているというわけです。
そう、全国の知事たちは参政党が飛躍した日本人ファーストに脅威を抱き、対抗しだしたのです。
もう政治に無知ではいられない、これは末期的な危険な状態と言っていいのです。
反グローバルリズムに逆行する知事たち
多文化共生はリベラルの間でグローバルリズムの象徴として合言葉と化してきたのです。
ところが今や多文化共生は危険なまやかしであることが証明されてしまったわけです。
そうしたことで、トランプ政権のアメリカやEUヨーロッパ社会では反グローバルリズムの嵐が吹き荒れているのです。
そうした中で、日本の全国知事会は世の中と逆行して、未だにグローバルリズムで知事間の結束を高めているというわけなのです。
いやはやとんでもないこと、日本の全国知事会自体が完全な左傾化となっているのです。
この多文化共生という言葉は、とても爽やかで差別のないクリーンな響きが醸し出されることで、リベラルたちはこぞって多文化共生をお題目のようにスローガンとして打ち立ててきたのです。
多文化共生はお花畑の理論
しかし多文化共生は、リベラルたちが勝手に思うだけのお花畑の理想の夢物語でしかなかったのでした。
多文化共生というまやかし、多文化共生を推進して大失敗を犯したヨーロッパの例を見ても判るように、イスラム教徒の場合、彼らは絶対に信念を曲げないことで、多文化の共生を図ることは出来ず大失敗に終わったのです。
そんなことは、ヨーロッパだけではなくどこでも一緒なのです。
イスラム教徒は自分たちこそが絶対の存在、だからクルド人のように日本人は俺たちに合わせろと言えてしまうのです。
しかし、その実情をまるで理解していないで、多文化共生という言葉に酔いしれているのが、日本の偽善リベラルの政治家や知事たちなのです。
日本のリベラル知事などがいう多文化共生とは、早い話、外国人には至って寛容で、県民は二の次というスタンスそのもの、外国人の文化はそのまま受け入れることとして、日本人の方は旧来の考えを改めろということなのです。
即ち、日本人は伝統を捨て、外国人の文化を吸収して生きろというわけです。
そう、日本の知事の殆どは、多文化共生というまやかしに共鳴する人物ばかりなので、どいつもこいつも宮城県の村井と大して変わらないのです。
だから、日本人ファーストに対しても、神奈川の黒岩や奈良の知事などが、外国人差別にすり替えて排外主義だのと喚き散らすのです。
もう充分に判ってきましたよね、全国の知事たちも善人の仮面を外して悪魔の顔をさらけ出してきたのです。
村井や黒岩、大村たちの人相の悪さは悪魔そのものです。
多文化共生は彼らのお題目、村井のように、県民の批判があってもやらなければならないと全国各県で独善、独裁の強硬が始まって行くのです。
これを支援するのは立憲民主党や日本嫌いの左翼たちと日本下げのオールドメディアなどのマスコミたちなのです。
日本は地方でも特定政党によるナアナアの知事選がまかり通ってきたのです。
だからこうした無能バカばかりが当選してしまうのです。
これは国政選挙と同じ、参政党が言うように、投票したい候補がいなければ、自分たちでその候補を見つけ出して担ぎ出そう。
地方創生で多額の税金を浪費しておきながら、地方から政治が腐って行く現実を黙視してはならない。
もう黙っていてはダメ!
今、止めないとダメなのです!!
コメント