カバゴン石破いい加減にしろ!お前はとっくにこの世にいない人間だ!
勝手に登場して、日本の世の中を荒らしまくろうと企むカバゴン石破のアホすぎの遠吠え

あの世に行った筈のカバゴン石破は、「支持率下げてやる」のガセネタ吹かしのマスゴミに頻繁に登場してホラを吹かしているようなのです。
今度は、高市総理が国会で成立を目指す「国旗損壊罪」の制定に関する法案について、「法理論的にあまり正しくない」とチャチを入れたというわけです。
この、敢えて左にすり寄るナーバスなところに狙いを定めているところがカバゴンらしさであり、カバゴンの性格の小ズルさなのです。
通常、あれほどの非難を浴びて退任させられたとしたら、党への影響も考えてしばらくの間はおとなしくしているものなのです。
ところがドッコイ、カバゴンの場合は国民から半端なく総スカンを食らってしまったことで、政治家として生き残るには、ここで居直るしかないと判断したようで「支持率下げてやる」の高市バッシングのマスゴミに頻繁に登場して自分の存在感を醸し出そうとしているのです。
ということで今回は、誰も存在を見たくもない、聞きたくもない、あの世に行った筈のカバゴン石破の往生際の悪さに迫り、いつも通りの雑学タッチとオチャラケを交えて、アホマヌケだったカバゴン石破内閣を私の専門分野である地方創生を基に検証してまいります。
カバゴンは完全に頭がイカレている
どうやら、カバゴン石破とすれば「石破辞めるなコール」が忘れならないらしく、オレは未だに必要とされていると勘違いをしているところがあるのです。
「石破辞めるなコール」は心にもない極左ゴキブリどものほめ殺しの最たるものでしたが、あながちこれは奴らの本音でもあるのです。
要は、極左のゴキブリ共からしたらカバゴン石破は左寄りの完全なロボット人間なので、左べったりのイエスマンの石破がいれば、日本嫌い、日本下げの自分たちの言うことは聞いてくれるし、中国ヨイショそのものだし、日本人ファーストにも立ち向かってくれるし、不良外国人にも寛容だし、我々の利権にも手を付けないので、石破カバゴン様様だというわけなのです。
それこそ、カバゴン石破が辞めたら保守派が息を吹き返してしまいかねないと、屍の極左どもがなりふり構わずの応援に回っていたわけです。
そして、自民党内には未だ高市嫌いが燻っていることで、高市だったらカバゴンのほうがまだマシという空気が蔓延しているのです。
そうしたことで、オレの後ろには高市嫌いの議員がたくさんついているし、マスゴミやゴキブリ極左も支援に回ってくれると意気盛んとなっているのです。
カバゴンは完全に頭がイカレているようなのです。
だまくらかしの地方創生のスローガン
カバゴン石破内閣は何故あれほど人気がなかったのでしょうか。
それこそは地方創生を所信表明のメインとしてしまったミスマッチがあるからです。
この期に及んで、地方創生がメインでは、国民への求心力のアピールが弱すぎです。
世界中が混乱をきたす中で、日本もいつ一触即発の危機に見舞われるかの瀬戸際に来ている状況なので、根本は沈みゆく国の行く末にストップをかけ経済の立て直しを図ることなのです。
それなのに、地方創生がメインでは、国民からすると今はそれどころじゃないだろうという危惧の声が蔓延してしまったのです。
カバゴン石破は地方創生が最優先というスローガンを打ち立てていましたが、今一何がしたいのかが伝わらないので、国民の受けが悪かったのです。
そもそも、この人物は政治家としての実益が乏しすぎるので、アピールするものが殆どなかったことで、初代の地方創生担当大臣を務めたことを全面に打ち出して「地方を甦らせなければ国は滅びて行く」と唱えるというもっともらしいスローガンを打ち立てたわけです。
地方創生をメインとするのは、カバゴンなりのしたたかな誤魔化しの戦略があったのです。
それは地方創生ともなるとオールドマスゴミも超苦手な分野の一つだからです。
地方の実態ともなると取材対象そのものが管轄外なので、踏み込みが甘くなり情報もおざなりとなってしまい、まともな報道が出来ないからです。
結局、地方創生はそれぞれの地域での問題提起なので、国民には至って判り辛いので体よくカムフラージュ出来ることで好都合だからです。
地方創生はただのカムフラージュ
私の場合、デュラルライフや田舎暮らしをメインに本を書いたりブログを立ちあげてきた人間なので、地方創生に関してはモロ専門分野なわけです。
なので、カバゴン石破が総理に就任して地方創生を全面的に打ち出した時はそれなりに期待感を込めたのですが、結果はご承知の通りのただのパフォーマンスで終わったわけです。
結局は金のばら撒きの音頭取りだけということ、地方を甦らせるには、投資したお金で新たな産業が構築されるような大規模プロジェクトの構想を立ち上げない限りは無理なのです。
自民党は地方議員の政治力が強いことで、地方創生を謡って地方に金をばら撒くのは、今迄の自民党政治のプロセスと全く一緒なので、カバゴンの地方創生論には自治体主導の基での一次産業の産業振興や観光業へのテコ入れ、企業誘致などでの生活環境の向上、そしてデジタル化への普及などに狙いを定めているわけですが、具体的に示せるものが何も無く、大した斬新観は期待出来ないのです。
そんなことで、こいつは大風呂敷を広げても何も出来ないだろうなと思って、私は最初から懐疑的なことをブログなどに書いてきたのです。
これでお判りの通り、地方創生を柱に立てておくと、地方創生はマスコミもあまり騒がないし、国民も中身が皆目判らないので、いくらでもカムフラージュが出来てしまう世界というわけで、官僚も自治体も責任逃れの回避が出来てしまうという内閣の運営としては非常に都合がいいという現実があるのでした。
いつの間にか地方創生から外国人招致にシフト
まあ、結果は、若者を地方に呼び寄せる地方創生どころか、外国人の労働力に頼るという移民の受入での地方の活性化というまやかしにシフトしていたのでした。
それを彷彿とさせたのは、国際貢献という善意の名の下で繰り返される不透明な外国への援助の実態であるアフリカ開発会議(TICAD9)での売国的な所業ですよね。
この会議において、アフリカ各国との関係性を深める為にホームタウンと認定された自治体が、アフリカ人労働者を受け入れることを勝手に進めていたことで、一体何を考えているのかと国民の信頼は一気に失墜していったのでした。
これは地方創生をお座なりにさせて、アフリカの労働力を取り込むことで、人口減少の日本と、人口余剰のアフリカの相対するミステークを補うという作戦なわけです。
ホームタウンとしての提携となれば外国人頼みの依存は益々膨れ上がってしまうので、やがて少数の日本人は隅に追いやられてしまい外国人が中心となるコミュニティが形成されて行くことになるのです。
カバゴンの構想の中には、地方創生を全面に打ち出すことで、外国人の受け入れを煙に巻く裁断もあったのでしょう。
今や地方は外国人の雇用で揺れ動くという外国人の労働者の招致一辺倒となり、地方創生など完全に吹っ飛んでしまったようです。
まあ、カバゴンがあのまま首相を続けていたら日本は大変なことになっていましたよね。
カバゴン内閣は、短期間のことだったので救われたのです。
カバゴンが政治家として生き残れるのは、公明党を頼って中道に入るか、社民党に入って、同じ頭のイカレたラサールとコンビを組むしかないでしょうね。
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。




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