赤い羽根に続いて今度はあしなが育英会の福祉ブランドの崩壊
慈善事業の福祉ブランドの老舗とされていた赤い羽根とあしなが育英会の信用は完全に崩壊したといっていいでしょう、ブランドとは一度信用が失墜したら復活は難しいからです

あしなが育英会の募金は、日本の遺児の為の募金活動であった筈なのに、いつの間にか、アフリカの支援にすり替わっていた。
あしなが育英会が集めた寄付金の半分の約6億9千万円が日本の遺児の為ではなく、アフリカの遺児の支援に充てられていたことが発覚してしまったのです。
あしなが育英会が何でアフリカ支援なのか?そんなことは寝耳に水の話なので、大炎上となっているというわけなのです。
ということで今回は、またもや信用の失墜で、一気にブランドが崩壊してしまった、あしなが育英会のアフリカ支援のまやかしに迫り、いつも通りの雑学タッチとオチャラケを交えて、その実態を茶化してまいります。
またしても裏切られの残念感
日本人が納めた税金や慈善事業で集めた募金が日本人の為ではなく外国人の為に使われるという現実、もうこんな理不尽なまやかしを放置してはならないのです。
募金活動の際にその告知をしないで、通常通り日本の遺児の為の募金活動を行う。
日本人は性善説で物事を考える国民性を持つことで、こうした慈善事業に関しては、疑いの目は一切持たないし、持ってはならないと教育されてきたので、だからこそ、こうした裏切りに対しては怒りが込み上げてくるわけです。
こうなると、何かよからぬドロドロの利権絡みなどが裏で渦巻いているという憶測を招いてしまうのは必然のことなのです。
国内から遠く離れたアフリカでの支援という、こうした大胆不敵な海外への事業転換が可能となるのは、余程の余裕がある組織以外は参入など不可能なことなのです。
これこそは、善意の募金で成り立つあぶく銭の金余りの組織の最たる所業といえます。
本来の支援活動とは逸脱した、やらなくてもいいことをやるというのは、あしなが育英会も相当な余力を持った組織であり、その中身があやふやであることが垣間見えてくるのです。
アフリカ支援はJICAの後押しか
何より、日本から遠く離れたアフリカでの新規支援事業の参入となると、様々な企画案を提示して、アフリカの国々と調整を行わなければなりません。
それこそ、職員を何度も現地へ派遣して、現地での情報集めなどが頻繁に繰り返されてきたことでしょう。
それらの経費、そして渡航費、滞在のホテル代、飲食代は、善意で集めた募金の中から賄われているというわけです。
アフリカの支援となると悪名高きJICAが絡んでいることは間違いないこと、そうなると中身はドロドロの可能性もあるわけです。
何と言っても、アフリカは腐敗が蔓延る賄賂漬けなので、JICAの指南がないと、あしなが育英会の単独行動ではニッチモサッチモいかない世界なのです。
アフリカ支援で4割が不採用のトバッチリ
あしなが育英会や赤い羽根は、ブランドが築かれていることで、資金力は豊富なのです。
結局、募金の使途がガラス張りではないので、不正を行おうが、いくらでも誤魔化しが利くということです。
とにかく酷いのは、あしなが育英会に奨学金の申請を行った4割が不採用となっていたという実態なのです。
あしなが育英会は、募金の減少を理由に申請者の4割を不採用としているわけで、そうなると、その不採用の分は、アフリカの遺児支援に回されていたというわけです。
アフリカの支援がなければ、もっと多くの日本人を救うことが出来たのです。
これに対して、SNSなどでは「日本国内の困窮した子供を救わないで、募金の半分を海外に回すなど言語道断だ」と大非難の炎上状態となっているのです。
まやかしのブランドのあしなが育英会
あしなが育英会がアフリカの支援を行うことは、完全な脱線と言っていい話なので、何もあしなが育英会がやらなくてもいいことなのです。
ブランドと思っていたあしなが育英会の存在も、崇高な善意のひけらかしを行うポピュリズム運動の典型だったというわけです。
日本の遺児を助ける為に集めた募金が海外に流れていたという事実は、募金者への善意の心を踏みにじる行為そのものなので、結局、これは体の良いはぐらかしの騙しの手口の一つということです。
あしなが育英会も赤い羽根と同じく、ブランド力によって監視そのものがないことで内部の実情は殆どベールに包まれてきた団体なのです。
そうなると、穿ったことをいえばいくらでも不正が出来てしまうわけです。
赤い羽根とあしなが育英会は国の公的な福祉事業ではないが、ブランドが一人歩きして来たことで、国の看板を背負う公益性の高い組織であると勘違いをしてしまったのです。
グローバル化で脱線したあしなが育英会
アフリカへの参入という組織の大転換の模索こそは、日本の国が移民政策へと舵取りを切った趨勢を見極めた上で決断に至ったことなのでしょう。
国が率先するグローバル化に後れを取ってはならないと判断をしたあしなが育英会の幹部たちは、アフリカに標準を当てて参入を実行したというわけです。
アフリカでの人道支援に関しては、様々なNGO団体が活動を展開していますが、賄賂の習慣や横流しが頻繁化していて、昔からバレなければ何でもアリみたいなところがある無法地帯なのです。
そんな所に日本の慈善団体が新規参入すること事態に違和感を持つわけです。
とにかく、人道支援のチャリティの場合、裏のビジネスとして成り立つ向きもあるのです。
あしなが育英会はそうした国民の怪訝を想定していることで、敢えて隠密な行動を取って来た節が窺い知れるのです。
それにしても、街頭で募金を呼びかけている学生たちは、この事実を知って活動を行っているのでしょうか。
日本人の場合は、慈善活動や人道支援という名目だと、盲目的となり一心不乱となって善意の意識に駆り立てられるのです。
金の絡むことは疑いを持つ
赤い羽根とあしなが育英会は募金活動の老舗であって、信用のステータスを持ったブランドの存在といわれた慈善事業の福祉団体なのです。
しかし、老舗もブランドも伝承の言い伝えから来るものなので、永遠のレジェンドとなること自体がおかしなことなのです。
赤い羽根とあしなが育英会、そしてユニセフにしても、中身を紐解くと表向きの慈善事業とは裏腹な実態が表面化してくるのです。
募金集めは単純明快そのものなので、慈善事業はガラス張りでなければならないのです。
う~ん、何とも情けない話ですが、やはり金の絡むことは、真っ当であるわけはないので、疑いを持ってしかるべきことだったのです。
信用も地に落ちたあしなが育英会
アフリカは世界中から支援の輪が集中することで、日本も数多くの支援を行っており、まさしく支援事業の実験場であり、独壇の場なのです。
しかし、各国のNPOの支援自体も善意のひけらかしとなってしまい、援助される方も支援が当たり前となり支援ありきの状態と化してしまったのです。
要するに莫大な援助を施しても、その金は権力者や一部の層に渡るだけで、肝心な貧困層には行き届かないことで、アフリカ各国が発展をしても格差の拡大を招いてしまったのです。
こうして、アフリカはいつまで経っても争いが絶えず、国から脱出をする難民だらけとなってしまったのです。
これでお判りの通り、アフリカに関わると出口の見えない難題ばかりが降りかかってしまうというわけです。
そんな状態なので、あしなが育英会如きの弱小団体がカッコつけでアフリカに参入をするのは無謀の極みなのです。
結局、今回の騒動は、募金の使途をはぐらかしたことで顰蹙を買ってしまったのですが、そのはぐらかしが意図的にも思えるからです。
まあ、あしなが育英会の場合は、赤い羽根と違って、募金のネコババではないが、不透明な部分が晒されたことと、募金の使途をはぐらかせた悪質さが拭えないので、ブランドは失墜してしまい、前途多難な道を歩むことになることは間違いのないことでしょうね。
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。




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