犯罪者ばかりが擁護される日本で死刑の廃止を叫ぶ偽善
死刑廃止論を生きて償いという人権と絡ませて考えるのは危険な行為

昨日は、日本という国は、本当の被害者である犯罪被害者を守ろうとしないという、矛盾と歪と化した日本の人権の実態を取り上げてまいりましたが、今日はその延長上の話として、日本の死刑廃止論にスポットを当ててまいります。
日本の場合、死刑廃止論と言っても、そもそも犯罪加害者ばかりが過剰なくらいに守られて、被害者が置き去りにされている状況なのです。
そんな歪な状態で、死刑の廃止を喧伝するのは、社会における道徳上の規範に悖る行為だし、被害者感情を更に逆撫ですることにもなってしまいます。
何と言っても、死刑の廃止を声高に唱えているのは、歪な人権を作り上げてきた左翼人権屋どもが主流なので、必要以上の疑いと憤りを感じてしまうのです。
ということで今回は、人権と絡ませて死刑廃止論を唱える偽善者たちの危険に迫り、凶悪犯罪者を大甘にさせる死刑廃止論の実態をいつも通りの雑学タッチで、日本の死刑廃止論の偽善ぶりを簡単判りやすく解説してまいります。
中国とイランが死刑を連発で左翼が沈黙
日本での死刑廃止論という死刑の執行を根絶させる為の人権のテーマは、偽善を振りまく左翼がスローガンのように騒いできた独壇場といえるものなので、死刑の執行など言語道断などとまくし立ててきたのです。
しかし、これも核の保有などの左翼のご都合主義の論法と同じで、死刑を乱発する中国のことには一切触れないのです。
この死刑廃止論は、一時期ほんのチョットだけ盛り上がりをみせたのですが、ここに来て、死刑廃止論の声が殆ど聞こえなくなってしまったのです。
それは、左翼人権屋たちの親分の存在である中国とお仲間のイランがやたらに死刑を執行しだしていることで、死刑廃止論を唱えるとやぶ蛇となってしまい、ここで騒ぐと中国様からお達しを受けてしまうとバツが悪くなってしまったからなのです。
なので、それに同調して、日本のマスゴミも死刑廃止論の報道に関しては中国とイランに配慮してなるべく報道を控えているというわけです。
まあ、相変らず日本のマスゴミと左翼共は現金なものですよね。
日本は死刑囚の人権に最も配慮をしている
死刑廃止論を叫ぶマスゴミは、日本は先進国の責務としてヨーロッパなどと同様、人権に配慮して死刑を廃止すべしと、もっともらしいことをアピールするのです。
しかし何度もしつこく言う通り、日本の場合、被害者やその家族の人権がまったくもって無視され泣き寝入り状態の中で、かたや加害者側が異常ともいえる過剰な保護化の状態にあるという歪な構造が出来上がっているのです。
しかも、死刑判決が下されても、刑の執行は猶予され、中には刑は執行されないまま、余生を獄中で全うする死刑囚も数多く存在するのです。
人権屋が言う「生きて償い」とは当然、その間の死刑囚の人権が保障されているわけです。
こんな大甘な歪の状態で、死刑廃止論を唱えるのはとても危険な行為となるのです。
何より、反省の欠片も無い化け物のような奴らを国の税金を使って楽をさせるなんて、考えただけでも激しい憤りを感じますよね。
これが先に挙げた中国やイランでは、死刑判決が下されたら、即刻死刑は執行され、場合によっては公開処刑や拷問処刑もあり得るのです。
しかし、日本の場合は、むやみやたらに死刑を乱発しているわけではないのです。
そしてまた、欧米先進国での死刑廃止は、人道上の理性にもとづいて死刑が廃止されていると解釈するのは間違いなのです。
それはヨーロッパの場合は、中世のキリスト教文化の過ちの精神の観点から発したものなので、仏教国の日本の観点とは全く相いれないところもあるからです。
死刑囚の同情論からの死刑の廃止は論外
安易な形での死刑廃止は論外、どう冷静に考えても、座間や京アニなどの凶悪犯罪者が死刑を逃れるなんて考えられないし、あってはならない話です。
親や子供、身内が殺されたら、誰でも復讐心にかられるのは当然のこと、被害者が加害者の死刑を望むのは当たり前のことです。
その心情を止めるにはそれなりに理解に及ぶ納得の対処が必要ということです。
そうした中で、死刑廃止論を唱える人権屋の言い草は、まったくもって身勝手な持論を並べたてるのです。
彼らの主張はいつも同じ、殺人事件を犯すことは、不幸な生い立ちや社会の悪しき仕組みがそうさせているのだと捉えているので、殺人事件を犯した人間は社会的弱者であり、元は善人であった筈なので徹底的に救わないとダメだというわけです。
まあ、こうして凶悪な殺人事件を犯したことを国や社会のせいにすり変えてしまうのです。
こんな話がまかり通ってしまっては、日本の裁判自体が機能しない話となります。
勿論、左翼どもにはこんな清き優しい心は一切ない、これは凶悪な不良外国人を擁護するのと一緒で、犯罪者こそは日本人をとっちめてくれ、日本の国を攪乱してくれる頼もしい存在なので、一番の仲間であるというわけです。
死刑囚には気持ちの悪いヤカラがまとわりつく
死刑廃止論者たちは、そもそも判決自体が誤りであるというスタンスで、冤罪の可能性を指摘してくるのですが、今や死刑の判決を下すとなると、それ相応の詳細な実況見分が成された上での判決なので、冤罪の確率は殆どないと言っていいのです。
まあ、それにしても、凶悪死刑囚には必ずと言っていいほど同和がらみの得体の知れない連中がまとわりついて、本の出版で印税を稼ぐことを進めたり、獄中結婚などのクズ支援活動に廻ったりと、執行期間までは結構気楽な余生を送ることが出来てしまうというわけです。
そうした中で、死刑廃止ともなると、人を何人殺しても死刑にはならないことになるので、なるべく多くの人を殺そうという悪魔のご都合主義の心理が、キーワードとなることは必然なのです。
そうなると、人が多く集まる電車内やイベントなどは格好のターゲットとされてしまうわけです。
死刑廃止論は俎上に挙げることも憚られるもの
そもそも、日本の場合、犯罪者に対する対応自体がメチャクチャ状態なのです。
それは何度も指摘して来たように凶悪犯の殺人者たちは、過剰に保護されて人権が守られる反面、軽犯罪者に対しては、人権を蔑ろにする国家権力の横暴がまかり通っている国だからです。
これは、日本の警察権力の独断を許していることで、凶悪犯罪者と軽犯罪者を一緒くたに扱うことで、過度な人権の蹂躙がマニュアル化されて定着しているからです。
この日本の警察権力の横暴が基で、世界から人権後進国のレッテルを貼られているわけなのです。
これこそは人権を標榜する弁護士や司法関係者の怠慢そのもの、日本の人権後進国のレッテルの本質は死刑執行の存続ではなくてここなのです。
日本の死刑廃止論は、今の悪しき歪み切った体質を全て正した上で、初めて議論の俎上に挙げられるものなので、今の段階で死刑廃止論などは問答無用のクズな話なのです。
忍者ライターの久保誠が「デュラルライフ」「田舎暮らし」「シニアライフ」「スローライフ」「海外ロングステイ」の情報と「雑学のすすめ」を主題として、ソフトタッチに日々の出来事、経済、国際情勢、政治、芸能、歴史のウンチクなどを語ってまいります。





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